あたしは「はて」と首をかしげた。


「もうおわりか?」


 ちなみにあたしはぜんっぜん暴れ足りない。
 なのに、世界万国びっくりショーな人たちは、ズタボロ雑巾になってその辺に転がっていたりする。


「「「お、おひゃすけぇぇぇ〜」」」


 むう、こんどは田舎娘の役か、芸が広いなぁ
 ――――ってことはやっぱり劇団か何かの人で、お芝居の練習中だったのだろうか?
 むむむ、と首を傾げて悩むあたしの傍に最初に村娘の役をしていた女の子が近づいてきて、ぺこり、と頭を下げた。


「あ、あの、助けてくれてありがとうございました」
「ん?劇の練習じゃ…」
「おおお、このように愛らしい少女が悪の使徒に打ち勝つなど、」
「奇跡じゃ、神の愛娘じゃ」
「勇者さまじゃぁぁ!」
『うおおおおおおおおお!』


 ――なかったのか? そう聞くのを遮って、突然聞こえた声はあたしがケンカしてる間に周りを取り囲んでた村人達の間で歓声になって広がった。


「え?え?え?」
「皆の衆、勇者様が我らの村においでになられたぞ!」
『おおおおおおおおお!』
「え、にょ、」
「ああ勇者様っ! なんかええと神様的なお力で今すぐ畑を豊作にしてください刈り入れ終わったとこだけど」
「ああ勇者様っ! 悪の領主を打ち滅ぼして税金払わなくていいようにしてください!」
「ゆーしゃだゆーしゃだ! しっぽはぁ?」
「バカねぇ尻尾は魔王でしょう? 勇者様といったら白い翼よ翼」
「つばさぁ! みしてぇ!」
「ああどうか勇者様」「勇者様」「ゆーしゃさま」「勇者さまぁ」
「ふえ?え?ほえ?ふへ?」


 ナゾなコトを口々に叫びながら押し寄せてくる村人達。あっという間に距離は詰められて、1mほどの間を空けてぐるりとあたしを取り囲んだ村人達は口々に「勇者」とか言いまくりつつギラギラした目であたしを見る。
 ちょっと怖い。


「ゆーしゃ…あ、あたし?」
「そうですとも!」「勇者様!」「あなたこそ世界を救う希望!」「その前に私たちの事救ってください奇跡で!」


 うにゅにゅにゅ…どーしよ、この人たち言ってるコト意味わかんないや。
 言われたコトがムツカくてわかんないコトはよくあるけど、この場合は意思のそつーがなんか絶対無理な気がする。ルーンでも無理だと思う。
 ううむ、どーしよートラブル起こしたら後でルーンに怒られるのだがなー…。
 腕組みして悩むあたし。しょーがないから村人達を全員気絶させて逃げよっかな、って、思った時だ。


「こっちよ!」
「にょ?」


 いきなり降ってきた声は頭上から。腕組みしたまま背中を…反って?お空を見上げたあたしは、




「にょにょにょにょっ!?」




 びっくりした。
 だってアレだぞ、変な女のヒトが空に浮いてたんだゾ。

 真っ赤なマントに、派手な金色のショルダーガード。ここまではまだいいと思う。十分変だけど。
 でも、さすがにあたしも、素肌に直接金属製の軽鎧を着るのはどーかと思うな。うん。
 一昔どころか二昔以上前の勇者様パーティにいる女戦士みたいな、はっきし言って下着着て歩いてるのと変わらない服装。
 しかもその格好で、何もない、地面から数メートル高いところに浮いているのだからして、あたしが変って言ったのは間違えて無い。
 なかなか見られる光景じゃないと思うのだ。


「にょみ〜……」
「何変な声出してるのよ早く!
「うぬ?」


 空中の変なヒトが手を差し伸べる。どーやらあたしを助けてくれようとしてるらしい。けど困った。あたし、ルーンに「変なヒトと係わり合いにならないコト!」って言われてるんだけどなー。
 けど、と、勇者コール続行中の村人達を見回して思う。こっちの変な人たちにこのまま関わったらもっとルーンは怒りそうだ。
 空には変な格好の変なヒト。地面には意思そつーが無理そうな変な人たち。 
 交互に見比べて、あたしは呻く。


「あう〜、他に選択肢ない〜?」


 ――結局、あたしは涙を呑んでその変なヒトの手をとった。


『おおおおっ!』


 とたんに再び巻き起こるどよめき。


「勇者様が戦士様と空を飛んでいるぞぉ!」
「ありがたやありがたや」
「きぃせぇきぃじゃぁぁあぁ!」
「いや、浮遊(フラット)の魔法使ってるだけだし。」


 確か、呪文さえ知っていれば結構簡単に使える、空中浮遊の精霊魔法だ。
 速度は大人が走ったら追い越せるぐらい。
 ルーンはこれも使えるけど、いっつももう一つのもっと難しいくて速いヤツを使ってる。


「ねぇ、あなた、魔法使える?」


 なんて考えてたらいきなり空飛ぶ変なヒトに話しかけられて、あたしはぶんぶんと首を左右に振った。


「む? いや、使えないぞ」
「そっかぁ、明かりの魔法で目くらましでもと思ったんだけど…。まいったなぁ、このままだといつまでたっても撒けないよ。」


 たしかに、今も足元で「ゆーしゃさま」だとか「せんしさま」だとか言って村人がついて来ている。
 ちょっと怖いけどオモシロい。何だっけ、はーめるーの笛吹きとかなんとかいうやつっぽい。
(※ハーメルの笛吹きです)


「一瞬でも足止めできたら走って逃げられるんだけどなぁ」


 ぼやいて、真下に群がる村人達にちらりと目をやる空飛ぶ変なヒト。
 それに、あたしは名案を思いついて頷いた。


「うむっ、それならわかったぞ!」
「え、何かいい方法でもあるの?」
「あるぞ、ムーンにお任せなのだ。」


 自信たっぷりに言って胸を拳で叩いて、あたしはその左手を高く掲げた。
 びし、と、その人差し指だけがまっすぐ伸びている。


『おおおおおおっ!』


 動揺して注目する村人たち。にまりと笑って、進行方向とは正反対の方向をびしっと指差す。


「―――ってまさか」


 空飛ぶ変なヒトが何故か嫌そうに呟いた声を無視して、あたしはおもいっきし息を吸い込んだ、
 そして!












「あああっ! あそこに魔王がいるぞぉ!












 叫んだ。
 途端、「ゆーしゃさま」とか「せんしさま」とか言ってた村人たちがぴたりと口を閉ざす。
 一瞬の静寂。
 そして、


『きゃぁぁぁぁぁっ!』
『おおおおおおおおお』
「魔王よぉ! 魔王が出たわぁ!」
「おしまいじゃぁ、この村はおしまいじゃあ!」
「まおーってしっぽ?」
「神よ、かぁみぃよぉおぉおお


 阿鼻叫喚(あびきょーかん)の大混乱。
 狙いどーりの効果に、あたしは満足して頷いた。


「今のうちに逃げれるゾ!」
「………、……まぁ、いいけどね。」


 蜘蛛の子を散らしたように散り散りに逃げ惑う村人達の間を、あたしと空中から降りた変なヒトは森へ向かって走り去ったのだった。









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