綺麗な綺麗な家がありました。
庭があり、壁があり、そこはとても平和で安全な家でした。
その家の玄関扉が開かれて、三人の子供が戸惑いながら外へ出てきました。
彼らは今日、初めて外に出たのです。
「さぁ、今日からお前たちの好きにしなさい。」
今日この日まで彼らを保護し護ってくれていたその存在は微笑み言いました。
子供たちはきょとんと目を瞬いて、それから首をかしげて問いかけました。
「好きにって、何ですか?」
今まで決められたことをこの家の中だけでしてきた彼らには、その意味がわかりませんでした。
けれど彼らを護ってきたその存在は微笑んだまま彼らの背中を押します。
「お前たちの好きなことを好きなようにするといい。」
扉は閉ざされ、彼らは途方に暮れました。
「好きにって何だろう」
「これからどうしよう」
「とりあえず、向こうに行って見よう。」
一人が首をかしげ、一人が縮こまり、一人が家とは反対の方向を指差して歩き出しました。他の二人もその後を追いかけます。
しばらく歩くと、そこには花畑が広がっていました。
とてもとても広い花畑です。そこはお花の世界でした。
「わぁ、綺麗!!」
「いい匂い!!」
「凄い凄い!!」
口々に言って、三人は駆け出すとその花畑で夢中になって遊び出しました。
お花畑でお花を摘んだり追いかけっこをしたりかくれんぼをしたり。
沢山遊んでいた時、三人は花畑の真ん中に何かがあるのに気づきました。
「なんだろう」
「行ってみよう!」
「うん」
三人はそれに近づいて行きました。
それは沢山のごみの山でした。
沢山沢山、積み上げられたごみに三人は驚いて口をぽかんと開けてただ見上げることしか出来ませんでした。
そうして見ているうちに、だんだん怖くなってきました。
綺麗な花畑に、そのごみの山はあまりにも不似合い過ぎて、
一人が言いました。
「ねぇ、もう行こう。」
一人が頷きました。
「うん。行こう。」
けれど一人は首を横に振りました。
「ううん。僕はここに残るよ。」
二人はびっくりして、その一人を見つめました。
一人は、ごみの山に歩み寄ると、足元の小さなごみを手に取り、言ったのです。
「これを使って、何かが作れるかもしれない。そうすればこの花畑からごみは無くなって、ごみもごみじゃなくなるんだ。」
語るその瞳はきらきらと輝いていました。
けれど二人には彼の言っていることがわかりませんでした。
「ごみはごみだよ」
「そうだよ。ねぇ、どうせ無駄なんだから。」
ごみの山から離れながら二人は一人に言います。
けれど一人はごみの山を見上げ、笑って言いました。
「だけど、僕は試してみたい。」
二人は裏切られたような気持ちになって、ぷいと背を向けました。
「それじゃあ、ずっとそこでごみに埋もれていれば良いんだ!!」
「僕たちは行くよ、向こうへ!!」
二人は歩き出しました。
一人は振り向きもしませんでした。
しばらく歩くと、突然辺りが暗くなりました。
小高い、広い丘です。
辺りは闇に包まれていて、そこはずっとずっと暗い夜の世界でした。
「暗いよ、怖いよ。早く行こう。」
「うん。早く行こう。」
言って身を寄せ合い、二人は歩きます。
辺りに木の一本も生えていない丘の真ん中で、突然一人が立ち止まりました。
もう一人は驚いて、転びそうになりながら振り返りました。
「何、どうして止まるのさ。」
「ねぇ、見て!!」
一人が指差したのは空でした。見上げると、そこには沢山の光が散りばめられています。
もう一人は首を傾げました。
「なんだよ、何かが光ってるだけじゃないか。」
「とっても綺麗だよ」
「それがどうかしたの?早く行こうよ。」
言って、一人の手を引っ張り歩き出そうとすると、一人は悲しそうに首を左右に振りました。
「ううん。僕はここに残るよ。」
もう一人はびっくりして、一人の顔をまじまじと見つめました。
一人は手を離し、空を見上げます。
「あの光が一体なんなのか、僕は知りたいんだ。」
語る瞳はきらきらと輝いていました。
けれどもう一人には彼の言っていることがわかりませんでした。
「そんなの、どうだっていいじゃないか。」
ここは暗くて、早くこの場所から離れたくて言います。
けれど一人は空を見上げ、笑って言いました。
「だけど、僕は知りたいんだ。」
一人は裏切られたような気持ちになって、ぷいと背を向けました。
「それじゃあ、ずっとそこで空を見上げていれば良いんだ!!」
一人は歩き出しました。
もう一人は振り向きもしませんでした。
独りぼっちになってしまった彼はずんずんずんずん歩いていきます。
そのうち夜の世界を抜け、それでも歩いていた彼はふと怖くなりました。
だって、彼は独りぼっちになってしまったのです。
そう思うと、とっても怖くなりました。
彼は怖くて怖くて、その場に座り込んで泣き出しました。
泣いて泣いて泣いて泣いて、夕方になって夜になって朝になって昼になってまた夕方になって。
それでも彼は泣き続けました。
だけど誰も彼のところへ現れません。
誰も彼を助けてはくれません。
彼は一人ぼっちです。
泣いて泣いて、あまりに沢山泣いて、彼の足元には細くて小さな川が出来ました。
そのことに気づいた彼はその川を見て、呟きました。
「この涙はどこまで続いているんだろう。」
彼は立ち上がり、そばにあった葉っぱをちぎって涙の川に浮かべました。
葉っぱはゆっくりと流れていきます。
彼はその後を追いかけて歩き出しました。
いつの間にか涙は止まっていました。
しばらく追いかけると、涙の川は大きな河へと繋がっていました。
葉っぱは河へ落ちると、また流されていきます。
「どうしよう」
迷った彼は、けれど葉っぱを追って走り出しました。
葉っぱはどんどん流れて行きます。
その後を追いかけます。
その途中には森があったり雪原が広がっていたり、岩が沢山あったり、
いろんな世界が広がっていました。
彼は葉っぱを追いかけます。
やがて、河は海へと変わりました。
浜辺を踏んだ彼は、そこがゴールなんだと思って立ち止まります。
けれど。
「あ」
葉っぱは波に押し戻されることも無くどんどん海の向こうへ流れて行きます。
彼は驚いて、けれどもう葉っぱを追いかけることはできません。
彼は葉っぱが海の向こうに消えていくのを、呆然と見つめていました。
もう葉っぱはありません。
どこに行けばいいのか解りません。
彼は一人ぼっちです。
怖くなって、また彼は泣き出しました。
わぁわぁわぁわぁ。泣いて泣いて泣いて。夕方になって夜が来て朝になりました。
それでも泣いて、次の夕方に、彼は疲れて眠ってしまいました。
朝が来て、目を覚ました彼が見たのは昇る朝日でした。
それを見た彼は、ふと思います。
「この沢山の水の向こうには何があるんだろう。」
葉っぱを追いかけて、彼はいろんな世界を見ました。
葉っぱの流れる先には沢山の世界が広がっていたのです。
葉っぱは流れていきました。
ならば、この向こうにもきっと何かがあるのでしょう。
「僕はそれが見てみたい。」
彼の瞳はきらきらと輝いていました。
それから何度も何度も日が昇り日が沈み、何年もの時間が流れて、
ある日その浜辺から一艘の船が海へと漕ぎ出しました。
彼が作った船です。
それは小さくて不恰好ですが、確かに船でした。
この向こうには何が待っているんだろう、
或いは、何も待っていないんだろうか、
この何年もの間に、彼は何度も考えました。
「だけど、僕は行きたいんだ。」
船は水平線の向こうへと消えていきます。
彼は振り向きもしませんでした。
綺麗な綺麗な家がありました。
庭があり、壁があり、そこはとても平和で安全な家でした。
その家の玄関扉が開かれて、中から彼らを護っていた存在が出てきました。
空を見上げて、遠くを見て、その存在は微笑みます。
「好きなものを探しなさい。好きなものを見つけなさい。好きなものを求めなさい。私はそういうふうにお前たちをつくったのだから。」
その存在は微笑んで、それから家の中を振り返り、子供たちを外へと導きます。
「さぁ、今日からお前たちの好きにしなさい。」
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