貴方の事を愛しています。










 あなたは大人 私は子供
 大人と子供の違いなんて きっと誰にもわかりはしないだろうけれど
 10年という月日が私たちを違う箱に分別する。
 
 どんなに背伸びをしてみても、背伸びした時点で私は貴方と同じ目線ではいられない。
 どんなに“知識”を貯えたって、“経験”は増えたりしないもの。
 だからどんなに悩んだところで
 貴方の全てを理解することなどできやしないのでしょう。








 私は貴方の【理解者】にはなれません。
 だけど私は貴方に【愛】を与えられます。








 理解できなくても愛を。
 共感できなくても愛を。
 拒絶されても愛を。
 どんな劣情にも愛を。

 貴方が苦しい時辛い時泣きたい時憤っている時嘆いている時に
 それを理解し共感してあげることなんてできやしないけれど、

 私は愛を返します。
 私は愛を与えます。
 私は愛を注ぎます。

 「解るよ」なんて、甘いこと言ってあげられません。
 私は貴方と同じ時に生まれ同じ時を生き同じ事を経験し同じ考えを抱いて生きたわけじゃないのだから。
 経験していないことを理解なんて絶対にできやしない。
 どれほど冷たく辛く悲しいことでも、それは絶対の事実です。

 出来るのは同情すること。
 出来るのは支えること。
 出来るのは話を聞くこと。
 出来るのは愛すること。

 私に愛を教えてくれた貴方へ
 私は愛を向け続けましょう。








 
 子供の戯言だと笑いますか?
 小娘の睦言だと切り捨てますか?
 貴方のことだから、言えば照れて口ごもるのでしょうけれど。

 笑ってくれて構わない。
 貴方が笑ってくれるならそれは幸福なこと。
 切り捨ててくれても構わない。
 それで私の想いが消えるわけでなし。

 貴方のことを、「見つけた。」と、そう思える。
 この広大な世界で一人。貴方を「見つけた」と。
 
 変な話です。
 見つけてくれたのも手を伸ばしてくれたのも繋ぎ留めてくれたのも、
 全部貴方だったというのに。
 それでも私は、貴方を「見つけた。」と思うのです。









 愛しています。これ以上なく異常なほどに。
 深く深く、底深くから滾々と、
 湧き出る多彩な感情の
 源には貴方がいる。

 愛しています。
 裏切られれば泣くでしょう。
 それでも貴方には笑いましょう。

 愛しています。
 いつか貴方が離れても
 この想いが変わっても
 きっと愛し続けることでしょう。
 そんな予感がするのです。
 









 子供の戯言だと笑いますか?
 小娘の睦言だと切り捨てますか?
 それでもこれは私にとっての事実であり真実です。
 
 どうか笑ってください。
 常に笑えとは言いません。
 喜怒哀楽それ以外。その時々に激情に、
 飲まれてもどうか最期には
 心底から笑っていてください。
 そして振り返った人生が、
 辛さ悲しさよりも幸福さの勝るものだったなら、
 なおいいと思います。










 随分先の話だと笑われてしまいそうですね。
 それでは現在
(いま)の気持ちを言葉に一つ。





 ―――――貴方の事を、愛しています。


















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