おや……まさかこのような場所で”彼女”の子でもない人間と出くわすとは。(ニコリ、とアナタに微笑み)初めまして。ようこそいらっしゃいました。
 …ん?…ほう?成る程成る程…アナタは此処が何処なのか、どうやら理解していらっしゃらない様子ですね?
 ふむ…。では、ここで会ったのも何かの縁ですし、わたしが案内して差し上げましょう。
 何、遠慮はいりませんよ。わたしもこのハプニングを少しでも長く楽しみたいだけですから(くすくす…)それに、人間であるアナタが此処を彷徨うのは得策ではありませんしね。――まぁアナタがこの<世界の狭間>を永遠に彷徨い続けようが魂まで風化させて滅びようがわたしにはどうでもいい話ですが。
(本心からの言葉なのだろう、しれ、っと言い放ち微笑をその顔に浮かべる。が、それはまるで仮面でもつけたような薄っぺらい笑みで。)

 まずそうですね…あちらを見てください。
(そう言ってその嫌に白い指が示したのはアナタの右側。視線を向けるがそこには何もない)
 あそこの地面には穴があいています。…ほら。
(言われて彼の後に続き歩み寄れば成る程地面に四角く大きな穴がぽっかりと口を開いていて。覗き込んだそこには地下へと続く石造りの階段が。古びたその階段の先にはこれまた古びた…どこの廃屋の扉だ、と思うほどに廃れたアンティーク調の扉がぼんやりと見える。)
 あの扉は<世界の狭間>に唯一ある世界、酒場【水底】への入り口です。界を渡る時、創造主に用事がある時、または心の傷を癒したい時に、我々”彼女”の羊達はこの入り口を出現させあの扉を潜るのです。尤も…大半の方が暇つぶし場所として利用しているようですが。
(思い通りにいかないものですよねぇ。台詞とは裏腹に口調は至極楽しげで。くすくすと笑った後、ぐるん、とアナタへ顔を向け)
 あの扉が見えるのでしたらアナタも潜ることができるでしょう。アナタもお暇なら一度足を運んでみてはいかがです? あそこには確か留守がちなウェイトレスと”彼女”の守護獣である虎が一匹住んでいたと思いますので、まぁ暇つぶしにはいいでしょう。それに、運がよければ”彼女”の子の誰かと出会えるかもしれませんよ。
(にこっ、と微笑み―とは言っても元々仮面のように笑みを貼り付けているため僅かしか変化は見えないが―くるり、と背を向けた。)
 次にあそこ。鏡が見えるでしょう?
(言われて目を凝らせば成る程、確かにこれまたやたらと凝った装飾の大きな姿見の鏡が一枚。何もない空間に立っている。白雪姫の継母辺りが使っていそうな鏡だ。アナタに声もかけず純白の分厚いマントを重たく揺らめかせ歩き出す彼の後を追い鏡の前へ。不思議な事に、鏡は彼の姿を映さずアナタ一人が映っていた。)
 この鏡面を潜った先は【アスタルテ】という世界です。そこの、”彼女”の羊の一部が属する【天支】という組織の本拠地である屋敷の傍に出られるでしょう。…あそこには確か、常時誰かしらが待機しているのでまぁ野垂れ死ぬことはないでしょう。それにあそこの方々は大半人がいいですからね。異邦人たるアナタでも、快く相手をしてくれると思いますよ。
(まぁ保障はできかねますが。さらりと続けてから男はアナタへ身体ごと向き直った。にっこりと眇められた瞳がアナタを見る。)
 ――とまぁ、以上がこの場所から行けるところ、ですかね。まぁここは<世界の狭間>ですから、行ける場所が増えたりもするかもしれませんが。

 さて、そろそろ「親切な案内人」というのも飽きてきましたしお別れとしましょうか。
 …ん?戻り方ですか?アナタが元いた場所への?やれやれ…それでは戻りたいのでしたらこの下(サキ)にある魔法陣に乗ってください。玄関あたりまで送って差し上げますので。

 それでは。
(至極あっさりと。本当にあっさりと告げて彼はアナタに背を向け――消えた。そうしてアナタはふと気が付く。自分が男の名前を聞いていなかった事に。だがまぁ……またどこかで会えるだろう。そんな予感がして、消えた男を思考からも消したのだった)






















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