三日月が青白く笑う夜、騒々しく野草を踏む音があたりをかき回した。















 それも一人や二人のものではない、おそらく十・・・いや、二十を超えるだろう。
 そしてその中には、私も含まれていた。

 追跡者と逃亡者が闇の中を疾走し、やがて追われているほう――――つまり私は立ち止る。
 別に英雄もの(ヒロイック・サーガ)にはありきたりな滝があるわけでも崖があるわけでもなく、ただ広い荒野のど真ん中にたたずんでいるだけである。

 疲れたからとか、諦めたとか言う理由で止まったわけではない。 念のため、
 私は、街から十分に離れ、さらに程よいスペースのある場所へ追跡者達を誘い出したのだ。

 理由は―――――まぁ、簡単に言ってしまえばストレス解消?

 あ、誤解しないでほしい。 別に私が盗賊連中ぶちのめしたいわけではないのだ、
 ただ、最近ちょっと平和だったものだから相棒が暇をもてあましててさ、

 え? お前一人だけだろうって?
 確かに今現在私の回りには誰もいないし、追跡者達に紛れ込んでいるわけでもない。
 それでもいるのだ。彼女は、


「やっと追いついたぞクソアマ!」


 空気を震わす濁声に、私は顔を上げる。
 そこには予定通り手に手に武器を携えた厳つい男達がぎらぎらした目で私を見据えていた。
 自分達の眼光にかなりの自信を持っているようだが、全員が息を乱して倒れかかっている状態でやられると逆に笑いを誘う。
 仕方が無いので私は盗賊連中が息を整えるのを待ってやる。

 盗賊連中は予想通り二十人強って数で、あぶらぎった筋肉質な肌は月明りの下、汗でギトギトに光っている(おえっ)
 一通り盗賊連中を見回し、それでもまだ息切れをしているので私は仕方がなく辺りを見渡す。
 走ってきた道は木々が生い茂る雑木林だったのだがある場所―――ちょうど盗賊連中が立っている辺りから木々は途切れ、栄養が足りてなさそうな土がその肌をさらし、ところどころに雑草が持ち前の生命力で必死に生えている。
 ―――と、そこで私は盗賊連中に向き直る。


「まだ?」
「じゃかぁしい! ってかなんでてめえはこんだけ走ってけろっとしてるんだ?!」


 眉を顰めて聞いた私を、なみだ目で叫びながら指差す盗賊。
 むう、自分達の体力の無さを私が体力バカみたいに言われても、
 ちなみに私が走ってきた道のりは、ちょっと向こうに見える山の中腹辺りから大体二千坪ほどの雑木林をぐねぐねと走り回って今いるここまで。軽く見積もって三千メートル程度である。
 学校のプールが二十五メートルだから、六十往復分。つまり百二十倍。
 中学校の校庭一周が二百メートルだとすると十五周分。軽いものである、一度皆さんも試してみるといい。


「と、とにかく、盗んだお宝返してもらおうか。おとなしく」
「やだ」


 ――――しろ、と続けようとした盗賊の声をさえぎって、短くしかし無視しがたいほど大きな声で元気よく私は盗賊の意見を却下した。


「な、んだとコラ!」
「い・や・だって言ったのよハゲ聞こえなかったの耳まで筋肉でできてんじゃないのだいたい盗んだ物返せって言われて返す奴がどこにいるのよ返すぐらいならはじめから盗んだりしないってのよばーかあーほ脳みそまで筋肉なんじゃないのあっはっは」


 私は聞こえなかったらしい盗賊に親切にもさっき言ったことを繰り返して何て言ったかをすばらしく流暢な早口言葉でよりわかりやすく教えてあげた。
 盗賊は私のその親切に感動し、息を詰まらせると見る見るそのお仕事に精を出しているのか小麦色に焼けた濃いい顔をどす黒く染め、つばを飛ばして怒鳴りだした。


「てっ、てめぇよくもそこまでオレ様をコケにしやがって! 何様のつもりだっ」
「何様?」


 怒りのあまりどちらかというとゴブリンの唸り声と聞き間違えそうなその台詞に、私はふん、と鼻で笑ってじまんの黒髪を軽く背中に流す。


「様なんて付けられるほど偉くは無いけど、ちょっとは名の知れた麗しき女魔導師。」


 と、そこで私はいつもの口上をいつもどおり一度切り、


「天才美少女魔道師乙女の味方ルーン=セレス様とは私のことよ。」


 盗賊ドモにウインク一つ。
 その瞬間。
 盗賊連中の動きがピタリと止まった。


「る、」 


 顔面蒼白。まったくころころ顔色の変わる顔である。


「ルーン=セレスだと!?」
「あ、あ・ああ、あのっ 通った後には無いも残らないという劇薬除草剤女魔導師?!」
「その姿を見た盗賊・組織
(マフィア)は必ず崩壊させられるってゆうあの破滅の魔女か?!」
「なにぃ!? こいつが盗賊ギルドの『関わってはいけない猛獣図鑑』に先頭カラーで載っていた大規模破壊魔法連射女!?」
「ええっ! こ、このちんちくりんが!?」
「ちんちくりん言うなっ!」


 最後の叫びは私である。
 まったく、確かに私は平均的な身長の同い年の女子と背を並べたら少しばかし見上げないといけないが胸のサイズだって平均的で、決して指差してちんちくりん呼ばわりされるほどではない。大体私の年齢は十六歳。まだまだ発展途上の希望溢れる美少女なのだ。
 ふとそこで、盗賊の一人が肉厚の唇を吊り上げて妙に自信満々な笑みを浮かべて笑い出した。


「へ、へへん、そうか、わかったぞ」
「わかった? なにが?」
「てめぇが贋物だってことがだよ!」
「はぁ?!」


 いきなり強気になにを言い出すのかと思えば、にせもの?


「しらきるんじゃねぇ! そうに決まってるだろうが! あのルーン=セレスがこんなガキなはずがねぇ!」
「おお!」
「そうだ、そうに決まってら」
「その名前を出せば俺達が大人しくなるとでも思ってたのか? ええ、お嬢ちゃんよぉ」


 怒鳴る盗賊Aの言葉に他の盗賊連中は皆口々に同意するっておいおい・・・
 いや、まぁ信じたくないのはわかるけどさあぁ、もうちょっと現実見ようよキミ達。
 ・・・ま、いいか。


「そう思いたければそう思ってなさいよ。とにかく。お宝返して欲しけりゃ力ずくで盗ってみなさい!」


 私のパートナーからねぇ!
 豪語して、私は右手にはめてあるオレンジの輝きを放つ超魔法金属(オリハルコン)の腕輪を勢いよくはずした。
 途端

 ぶわぁ

 魔力の霧(マギ・フォッグ)と呼ばれる特殊な白い霧がはずした腕輪を中心に突如に発生し、
 手で握れるほど密度の高いそれは私をすっかり包み込んだ。



 身体のすべてに脈動が走る。
 足の先が振るえ、最後には頭のてっぺんへ。
 震えるたびに、私の体に変化が起こる。

 狼男が狼へ姿を変えるように、
 人魚が人へ姿をかえるように。

 その肌は褐色へと変色し、その爪は鋭く長く尖り、その歯は獰猛な牙へと変わり、
 その髪は高揚する紅葉のごとく朱に染まり、その瞳は血のごとき赤へと色を変える。

 完全な別人へ、私の相棒へと、
 私はいつもの、水に沈むときのような感覚に身を任せ、彼女と交替した。












 
 “あたし”は、ゆっくりと伏せられていた瞼を上げた。
 戦闘の予感についつい口元が笑ってしまう。
 視界を覆う白い霧が、嘘のように晴れていく。

 開けた視界に、二十はいる獲物たち。
 思わず舌なめずりしてしまう。
 久しぶりの戦闘だ。


「な、なななんなんだおまえ!」
「さっきの女はどこに」


 おりじなりてぃのない台詞を喚き散らす獲物たちに、あたしはルーンが奴らから盗ったお宝を一掴みして高くかざした


「おまえたちのお宝はここだぞ! かえしてほしかったら―――」


 そこまで叫んで一度切り、あたしはうっとりと続けた。





「たたかえ」





 あたしを満足させろ。 
 あたしののどを潤せ。


「ふざけやがって!」
「殺せっ!」


 怒気や憤怒が心地よく、殺気があたしを波立たせる。


「―――――ふふっ、」


 楽しくてあたしは声に出して笑った。
 同時にお宝をかばんにしまいなおし、いろいろな武器を手に押し寄せてくる獲物のひとりに狙いを定めてその片手斧の刃を、腹の部分を殴って砕いた。


「なっ?」


 一瞬なにが起きたのか理解できなかったのだろう、あっけにとられたそいつの横っ面を裏手で殴打(なぐ)った。
 そいつが地面に倒れるよりも先にあたしは後ろから回ってきたやつの手首をつかんで前から迫ってくる奴らにぶつけ、とび蹴りをかます。それだけで数人が吹きとんだ。
 やわな奴らだ、これじゃあ面白くない。
 必要に迫られない限り殺生はあんまりしちゃだめだとルーンと約束しているから本気を出すわけにもいかないし、そもそもこんなザコじゃあうぉーみんぐあっぷにもならない。

 そんなことを思いながら戦っていると、気がついたときには、あたしの周りに立っている奴は一人もいなくなっていた――――――










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