【つまんない】
頭の中で、すでに十数回は聞いたであろうその台詞の記念すべき十数回目(意味不明)が響いたのは翌日の昼であった。
場所はほとんど名も知れていない、何の観光名所も見所もないごくごく普通の町の安宿の一室である。
別に好き好んでこんな木造建てのボロ宿に止まっているわけではない。ただ、この町にある宿屋の中でこの宿屋がいちばん上等。つまりましだったのである。
「ムーン。あんたまぁだ言ってるの?」
【何度でも言うぞいつまででも言うぞつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないぃっっ!】
子供のごとく駄々をこねまくる我が最愛のパートナーに、眉間を拳で押さえて私は唸った。
「あぁのぉねぇ、」
【あのねじゃないもんつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつま――】
「いいかげんにしなさいっっ!」
あまりのしつこさに、いつもは優しく温厚で聖母のごとき穏やかさの私もさすがに声を荒げた。
途端、ピタリと声は止む。
まったく、肉体があったら地団太でも踏んでるかその辺転げまわられていたかもしれないしつこさである。おちおち説明も出来やしない。
ええと、相棒が黙ったところで状況整理。
まず頭の中で怒鳴っていたのが私の相棒で、昨夜盗賊連中を再起不能にした張本人。名前を「ムーン=ジェンド」という。
彼女は本来異形の姿をしており(どんなのっていうと、昨夜のみたいなのである)、それからもわかるように彼女は人ならざる者であり、その種族名を「ダークエルフ」という。
どんなに魔道に疎い方でも、「エルフ」の名は耳にしたことがあるでしょ?ってかあること前提で話し進めるわよ。
その種族と同じであり異なるもの、それが「ダークエルフ」なのである。
詳しいことはわからないのだが、何でも地上のエルフが殺生を好まないのに対して、地下に棲むダークエルフは殺戮と血に酔いしれ災いを招くものだとか、
そんな彼女と私は、一つの体を共有していたりする。
なぜこうなったのかというと―――まぁ詳しく話すと長くなるので省略して話すと私の実親が変な研究をしていて、脳みそイッちゃってたから子供(つまり私)まで実験体にしてムーンとのキメラにしたかららしい。
ちなみにキメラというのは合成生物と呼ばれる人工的な生命体のことで、実在する生物の一部を持ってきてべつの生き物とくっつけるという錬金術の一種である。―――別に錬金術師じゃなくてもやるけどね、今時は。
その研究所があったのは蒼くて丸い、魔術とはかけ離れたような惑星だったんだけど、研究所ぶっ壊して私たちは今いるこの世界で生きている。
今現在にいたるまでは永く遠い道のりだったのだけども…そのエピソードについてはもし機会があれば話そう。 心臓にあまりよくないのであんまり思い出したくないのだ。
とにかく、私たちは一般に「精神」と呼ばれるものをこの一つの身体に繋ぎとめ、今、私の右腕に光る魔法の腕輪で身体の支配権を握る精神を入れ替えるだけではなく姿かたちまで入れ替えることが可能なのである。仕組みはもちろん知らないが(勿論いずれ私がその仕組みも解明するけどね。なんたって私天才だし。)
そんな私たちは今現在あてのない旅の途中である。
「それで? 一体全体なにがつまんないのよ?」
【最近暴れてないのもルーンがお宝の整理ばっかりしてるのも今こうやってしゃべってるのもぜんぶぜんぶぜ〜んぶつまんない!】
問いかけた瞬間に即答して叫ぶムーン。もし肉体があったらそこらの壁やテーブルや椅子は粉々に粉砕していたところだろう。こういうときはマッドな両親(とよぶべき連中)に感謝してもいいかもしんないような気がしなくも無いかもしれない。
「暴れてないって、あなた昨日の夜盗賊相手に暴れたところでしょう」
【あんなの暇つぶしにもならないもんっ】
「もんっ、ってあなたねぇ、四百過ぎでそれは痛いわよ;」
じつは、エルフ族は長寿なため、実年齢は見た目の二乗だったりする。これが人間なら世界一元気なお年寄り。ギネスブックに載るかもしれない。
【四百なんてぜんぜん子供だもんそんなことよりひぃまぁひぃまぁひぃぃまぁぁっ!】
「あああもううるっっさいわねぇ! 仕方が無いでしょうこんなド田舎じゃあ吸血鬼(ヴァンパイア)も竜(ドラゴン)も悪徳組織も追剥ゴブリンの群れさえいないんだからっ!」
【づまんないぃぃぃぃっっ】
「そんなに暴れたいならあんたが仕事探しなさいっ!」
あまりの五月蝿さに耐えかねて、私は怒鳴ると同時に勢いよく腕輪をはずしたのだった。
「仕事探しなさいっていわれてもぉ」
ド田舎街道をゆきながら、あたしはぶぅっとぼやいた。
お仕事探すの、ルーンの仕事じゃん。
でも、口に出していったらぜったいルーン怒るから黙っとく。
もう、ルーン、わがまま。
「あぁあ、なんかじけん、おこらないかなぁ」
またぼやいたとき、あたしの耳がこの田舎風景に似合わない音を聞き取った。
―――それは、女の人の叫び声。
「じけんっ」
やったぁ♪
あたしは声のしたほうへうきうきと走って行ったのだった。
「いや――――――っ! おたすけぇぇぇ!」
脳天を貫く悲鳴を上げる田舎娘風の少女。その少女を取り囲むツルッパゲとトサカと筋肉という、イマドキありえないくらい時代遅れの天然記念物的典型的(おお、難しい漢字いえたぞ)なごろつき三名。
うわぁ、鼻ピアスだ、
飛び出そうとして、前時代的なルックスにその足を止めた。
しかも女の子のほうもイマドキありえない田舎娘っぷりだ。
撮影か何かかな、カメラどこだろうってこの世界にカメラはないか、
それでも一応きょときょとと辺りを見渡してみるが、それらしいものは何もない。
うわぁ、やっぱりホンモノなんだ。
「どぅわれかぁぁぁ! いぃぃぃやぁぁぁああ!」
なぜか巻き舌で叫ぶ少女に、妖しげに手をうごめかし、
モヒカン
「ひっひっひ、だぁれもたすけちゃくれねぇさ」
ツルッパゲ
「おれたちゃルソー村一のワルだからなぁ、」
筋肉
「そんな無謀なやっちゃいやしねぇさぁ」
少女
「あぁぁぁああれぇぇぇぇ!」
「ええっと」
あたしは、いまどきそれはちょっとな台詞に、ただただ唖然とする。
どこから突っ込むべきだろう。
「やぱ、ワルってところかな。いまどき子供でも言わないしな」
むぅんと呟いたとき、そのごろつきと呼ぶのも恥ずかしい連中が、まったく同時に振り返った。
「うわ」
「あぁあん? っだ、じょーちゃん。いまなんつったかな?」
「え? ああ、」
いきなり聞かれてあたしは困る。
服装を指摘してあげればいいのか、言葉遣いを指摘してあげればいいのか、いっそ病院にいくことをオススメしてあげればいいのか、
「ダサい」
結局あたしは全部をまとめて指摘した。
「「「っっだとっラァ! ぶっころっぞっラァ!」」」
「いや意味わかんない」
どうやらこのあたりの言語はあたしの知らない世界の言葉らしい。ゴブリン語かトロル語か、意外なところでオーク語かもしれない。
「まぁいいや、そこのヒトいやがってるからあたしがケンカするぞ」
「はぁ?!」
「っみっかんねぇんだよっラァ!」
「ってんのかっラァ!」
やっぱり解読不可能な言葉に、異文化との交流を感じつつあたしは右足を引いて構えた。
「よくわかんないけど、ケンカするんだな!」
うきうきして確認を取ってから、あたしは地面を蹴ったのだった。
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