「っっ走れぇ――――っ!!!



 男の絶叫とも悲鳴とも取れる号令を聞くまでも無くその通路にいた全ての者は脱兎の如く駆け出していた。
 皆一様に、その顔には「必死」と書いてあるのは、その背後聞こえたで、ガコン、と、何かの作動する音と、ゴロ、と、何かの転がってくる音が原因か。
 しかし誰も振り向こうとはしない。
 まるでその存在を全力で否定しているかのように、前だけを見て兎に角只管斜面を駆け下る。


 ゴロ・・ゴロ
ゴロゴロゴロ・・・・・・・


 ゆっくりと、遥か背後から聞こえる何かの転がってくる音が速度を増し、やがて駆ける床が振動を始め、角を曲がり直線の通路に姿を現したのは――――――巨大な球状の岩だった。
 あまりにも古典的といえる罠だが、引っかかってしまった以上笑い飛ばしてなどいられるはずもない。通路の壁や天井を偶に擦るほど巨大なそれに、この速度で踏まれれば圧死は必至。やはり背後は振り向かず、しかしその重低音で否応無くその質量だけは嫌というほど感じながら、駆け下る人影の一人、身の丈ほどもある重剣を背負った長身で細身の女性がひとしきり悲鳴を上げたあとに変わらぬ音量で声を張り上げる。


「もーっ!!! どこか横道はないわけぇ?!!」
「トラップなのにあるわけないじゃん!!!」



 即声を張り上げたのは一番後ろを走るバンダナを巻いた痩身の青年。


「魔法でなんとかならんのか!?」


 低い声を張り上げたのは一番前を駆ける白金の狼。
 その提案に、彼の狼の上で横座る魔導師が「ん〜」とこの状況下、ひらひらと長いローブやマントを靡かせて、メンバーの中、唯一一切危機感を感じさせない表情で人差し指を頬に当て落ち着き払った声で思案し答えた。


「この遺跡、老朽化が激しいですしねぇ・・・。"あれ"を壊せるランクの魔法なんて使った日には崩壊して、最奥に眠るとされる秘宝ごと私達も生き埋めは必須でしょうし・・・・・・かといって壁に穴を開けても結果は同じ、でしょうし・・・――――まぁ、無理ですね、諦めて走ってください。」
「チッ、役立たずめ。」
「いやぁ、ははは。こんな古典的かつ旧時代的なトラップを作動させちゃったどこぞの狼さんには適いませんよぉ」
「ぐっ」


 さらりと笑顔で切り返され、痛いところを的確に突かれたらしい狼が思わず押し黙り――――そのやり取りを聞いていた最後尾の青年が走りながらも「そーだよ!!」と目尻に涙を溜め男にしては高い声を再び張り上げた。


「オレ言ったじゃんそこトラップあるって!!! 気をつけてねって!!! なのになぁんでわざわざスイッチ押しちゃうかなぁ!? ねぇなんで!?」
「っ、ええい知るか!! さっさと解除しなかった貴様が悪いんだろう!! 大体押したんじゃなくて踏んだんだ!!
どっちも同じでしょ!!? 何責任逃れしようとしてんのよあんた!!」
「そーだそーだ!! 横暴だぞぉ!! オレってば一応リーダーなのにーっ!!!」
喧しい!! リーダーなら現状をなんとかしろっ!!」
「えー!? なんでそんな無茶ばっか言うわけ〜!? オレ泣いちゃうよぉ?!」
「知るか!! 勝手に泣いていろ!!!」


 本人達はいたく真剣な、しかし傍で聞いていればコントか何かにしか聞こえない口論を聞き流し、一人平和に魔導師
(ウィザード)は「困りましたねぇ」と溜息一つ。
 ――――と、遥か前方に見えたものに、魔導師は「あらまぁ」と呟いた。


「穴ですね。」
「「あなぁ!?」」


 重剣士と青年が同時に声を上げ会話から前方に意識を向ければ、成る程だんだん大きくなっていくのは確実に普通の人間では飛び越えられそうもない、通路いっぱいに口を開く巨大な穴で、
 どんな罠が底に仕掛けられていようが即死は確実だろう。「どーすんのよぉ?!」と叫んだ重剣士の斜め後ろで、しかし一緒になって泣き叫んでいた筈の青年は、きっ、と前方を睨み―――――にぃ、と、笑った。


「せるぴぃ、浮遊
(フライ)の呪文掛けて!!」
「『それが望みであるのなら』」


 にこり、と決められた台詞のように応じた魔導師は、駆ける狼に身を伏せて、片手で長く細い、金属の杖を―――薙いだ。
 呪文さえ無いその動作に、しかし呼応し先端に飾られた拳大ほどの蒼い球が光の粒子をさぁっと宙に描き―――――――――次の瞬間穴の淵に達し駆けるままに跳んだ一同が、重力に逆らい軽々と幅20mを越す穴を跳び越し、対面へと着地した。


「とっとと、とっ―――ふはぁ、」
「ふぁ〜、助かったぁ・・・!」


 へたり、とその場に座り込む青年と重剣士。息を切らす二人とは対照的に、微笑を浮かべた魔導師は「大変でしたねぇ」――言いつつ狼の背から重さを感じさせない軽やかさで地面に足をつける。それに物言いたげな眼差しを向けた狼は、しかし賢明にも文句は飲み込み―――――底が見えぬほど深い穴に「帰りはどうするんだ?」と呟いた。
 それが逆鱗に触れたのか、ぜーはーと肩で息をしていた重剣士がぎぎ、と振り向き、じと目で狼を睨み据えた。その額には青筋が浮かんでいる。


「ちょっと?『帰りはどうするんだ』ですって? こうなる原因作っといて何冷静なこと言ってるわけ!!?」
「責任の所在を言ってもこうなってしまった以上仕方がないだろう。そんなことより先のことを考えた方が有意義だと思うが?」
「はっ、有意義。有意義ね。そーやって自分の失敗を砂かけて隠すんだ、さいてー」
「っ、いい加減にしろ、現状を考えないか筋肉バカが!!」
「うっあひっどぉ!! 何よ駄犬の癖に!!」
「だ―っ、貴様、その喉噛み砕かれたいのか・・・?!」
「はん! できるもんならやってみなさいよこの駄目犬。あたしが調教し直してあげるわよ!」
「ふん、躾の出来ていない餓鬼が・・・!」


 互いに互いの獲物を構え、バチバチと火花を散らしてにらみ合う二人。
 そんな仲間の剣呑な雰囲気など何処吹く風で、魔導師と青年は反対側の壁をべたべたと探りつつ「ほどほどにねぇ〜」と適当な事を言っていた。


「せーるびぃ、何か魔法的な反応無い〜?」
「残念ながら、ありませんね。あの大岩の仕掛けから考えても何かがあるとすれば恐らくは」
「カラクリかぁ〜」


 探すの大変だぁ、などと全然そんな事を思っていなさそうな気楽極まりない声で言って笑い、青年はこつこつと壁を叩いて周り――――
 その背後で、ギィンガギンッどがばきっなどと擬音を発生させまくっていた二人のうちの片方、つまり狼が重剣士の得物であるツヴァイハンダーの腹で横殴りに殴られ吹き飛んだ。


「「あ」」
「まぁ」


 そのままぶつかれば脳震盪は免れないだろう速度で飛んだ銀の身体が受身を取ろうと壁に足を向け―――しかし、
 ぐるんっ、と、
 壁が横に回転した。

 続いて数度何かの転がり落ちる音が反響し聞こえ、だんだんと遠のいて行って、
 「ぎゃ――――っ」という悲鳴が消えたころ漸く立ち上がった魔導師が狼の吸い込まれた壁を探り、押して中を確認し呟いた。


「地下への階段のようです。手間が省けましたね。」
「ぐっじょぶアザミィ」
「い、いえーい?」











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