「随分深いようですねぇ」


 杖の先に魔法の光を灯して、壁の後ろにあった階段の奥へ翳した魔導師がしみじみと呟く。
 ちなみに、恐らく一番下まで転がり落ちたのだろう狼の姿は見えない。


「現在地で地上から約200Mといったところですが…随分大きな螺旋造りになっているようですし、この真下へ続いていると考えるならば更に70Mといったところでしょうかねぇ」
「遺跡としちゃ大きいほうよね。」
「んじゃ、先に行っちゃったウルちゃんと早いとこ合流しよっか。」


 にぱ、と笑って階段へ足を踏み入れる青年に、それぞれ同意を示して歩き出す。彼ら彼女らのリーダーらしい青年に、重剣士の女性が「ねぇライラ」とその名前を呼び斜め後ろへ歩み寄った。


「ん? なぁにアザミィ」
「この遺跡にある古お宝…ってさ、本当にお金になるの?」
「どうしたんですか?アザミィさん。今更そんな事を聞くなんて。」
「だって…」


 魔導師に首を傾げられ、アザミィという名前らしい重剣士は口ごもる。彼ら彼女らがこの遺跡へ足を踏み入れたのは前回の冒険で稼いだお金が底をつきかけているからで、つまりは遺跡のお宝目当て。しかしここに来るまでの間、換金できそうな財宝など何処にも無かった。
 遺跡に既に財宝が無いというのは別段珍しい事ではない。ある程度名前の売れた遺跡や、場所の割れている遺跡にはよくあることだ。浅からぬ冒険者歴を持つ彼女達は、だから当然そのくらいの事は覚悟の上で遺跡を探検する。
 しかしこの遺跡は…


「薄気味悪いのよね…用途が知れないっていうか…。ほら、遺跡って古の魔導師だとか、太古の国の研究所跡だとか、盗賊のアジト跡とか…ほとんどがそういうのでしょ?」
「まぁ、そうですねぇ」
「だけどここって何て言うか…そういうのとは違う気がするの。だって、あるのはトラップばっかりでお宝があった形跡すらなかったじゃない。それどころか魔物の一匹もいないし…。」


 大抵の場合、遺跡には魔物が住み着いている。財宝を奪われないように遺跡を作った誰かが意図的に放している場合もあれば勝手に住み着いてるだけという事もあるが…遺跡には魔物がつき物なのだ。それが一匹もいない。探索する側としては楽ではあるが…それはとても不自然な事に思えた。
 遺跡の外には普通に魔物がいたのだ。それが、何故入り込んでいない?




「魔物避けの陣が敷かれてたからねー」
「っ、へ?」




 あっさりと、至極あっさりと笑って答えた青年の言葉に重剣士アザミィは目を瞬く。


「ま、魔物避けの陣?」
「そ。ルーン文字ってあるっしょ? あれみたいな、文字自体が力を持った古代文字っていうのがあるんだ。それがぐるっと遺跡の外壁に彫られてたんだよ。だから魔物サン達はこの中へ入ってこれなかったの。」
「あぁ、あの文字はそういう意味のモノだったんですか。」
「セルビオラも気付いてたの!?」


 そんなモノの存在にはまったく気付いていなかったアザミィが驚愕に声を張り上げれば、セルビオラという名前らしい魔導師は「ええ」と微笑し、「ですが」と続けて青年へ眼差しを向けた。その紫紺色の双眸は眇められ、探るような色合いを帯びる。


「よくご存知でしたね、リーダー? 魔法先進国ラグナ=シヤのお抱え魔導師だったこの私ですら知らなかった魔法文字の事を。」
「え、せるびぃも知らなかったの? あはは〜オレってば物知り〜♪」


 きょとんと目を瞬き、次にはにぱりと笑って嬉しそうに笑って言う。本心からそう思っているだけのような、裏表の無い子供じみた言葉。しかしその裏に確かに隠れている何かを長い付き合いから察した魔導師と、持ち前の勘で察した重剣士は顔を見合わせる。が、結局は諦めたように肩をすくめた。
 別段珍しい事ではないのだ。彼ら彼女らのリーダーであるこの青年が、出所不明の情報を持っていることなど。
 けれどこの青年はそれが必要な事であれば必ず話す。例えそうする事で自分が不利になろうとも、相手が傷つくであろうとも、必ず話してくれる。それを確信できるからこそ、こうして彼の抱く秘密に対し目を瞑れるのだ。


「あ、だけどそれじゃあ、ライラはこの遺跡に何があるのか知ってるの?」
「ふえ?」
「だってこの遺跡に刻んであった文字を知ってたんでしょ?」


 その遺跡の用途は何か、造られたのはいつ頃の時代か、その系列は何か。それらから導き出される財宝の、最たる手がかりが文字だ。
 古代文字には閉鎖したものが多い。特定の民族や部族しか使わない文字であればそれが外部に漏れることは少なく、知名度の低い文字であればあるほどその遺跡の造り手達を特定しやすいのだ。
 それに、と、アザミィは思い出す。幾つか入手した遺跡の情報のその中から、この遺跡を迷わず選んだ時のライラの顔を。一瞬だけ過ぎった郷愁にも似た眼差しを。
 それは他の二人も見ている筈で、その一人であるセルビオラも前を歩くライラに探るような眼差しを向けている。
 二人の視線を受けて、ライラは微笑した。


「うん。けど、全然違うかもしんない。オレが予測してるのは二種類なんだけど…」
「何と何?」


 アザミィの問いに、
 にっこりと、笑みを深めてライラは答えた。


「金銀財宝か、秘宝だよ。」













****
 TOP NEXT