「遅いッ!!」


 射殺されそうな眼光で凄まれ一喝されて、しかしそれで怯んでくれる様な可愛げがある者は皆無らしい。
 ライラは片手で頭を掻きへらりと笑いながら、セルビオラはにっこりと微笑を浮かべて、アザミィはツンと顎を逸らして階段という場所の関係上1mほど低い位置で冒頭の怒声を上げた男性のそれに応えた。


「あははー、ごっめーんウルちゃん」
「さっさと勝手に無様に転がり落ちたのはあなたでしょう咎められる謂れがありませんね。」
「何よ、あたしのおかげで苦労せずここまで降りて来られたんだからむしろ感謝すれば?」
「他の二人は兎も角貴様だけは愁傷な態度を取るべきじゃないのかデカ女」
「デカ…!なんですってこの愚図狼!!」
「なっ!!?」
「転がり落ちたのも待たされたのも全部あんたがトロいから悪いんでしょ? あたしの攻撃避けられなかった自業自得じゃない!!」
「調子に乗るなこの阿婆擦れが! さっきのアレはそこの怠惰魔導師を背負ったまま長時間疾走を続けた後だったからでそうでなければ誰が貴様の鈍間な攻撃などに当るものかッ!!」
「んなっ?! …はっ、見っ苦しいわね言い訳?その鈍間な攻撃食らって情けない悲鳴上げてふっとんだっていう事実は覆らないわよ〜だっ」
「フッ、自分の攻撃が鈍間だと認めたか。」
「な・ん・で・すってぇ!?」


 喧々囂々、罵り合うその相手はしかし狼の姿とは異なっていた。
 白銀の短い髪に濃褐色の肌をした――多少耳と犬歯が尖ってはいるが――れっきとした人間の外見だ。
 しかし誰一人その姿にツッこむ者はおらず、違和感無く先ほどの狼と同一人物だと認識している。

 何故なら認知しているからだ。彼――ウールセルドが、人狼族であると言うことを。
 情報化社会である現代でも人狼族等の半人半獣種・亜人種は偏見や差別の対象とされるが、彼らはそうでないらしい。
 対等の立場として………かは多少疑問が残るが、仲間として違和感無く接している。

 それは兎に角、怒鳴りあう二人は軽く無視してライラとセルビオラはその横を素通りし、一番下まで下りていく。
 そして、びっしりと古代文字の刻まれた壁に「わお」「ほう」とそれぞれ驚嘆の声を漏らした。


「すっご…ちょ、セルビィカメラ、カメラカメラ」
「名前の後に続けて言わないで下さい。」


 抗議しつつも杖先を地面につけ、くるりと円を描く。その中に簡単な模様を描いて、中心をトンと軽く叩けば描かれた魔方陣が淡く輝いて、やがてシュッ、と風を切るような音と共にポラロイドカメラが陣の中に出現した。
 物質転移、という少々高等な魔術で、物質転移装置自体は科学の力で開発され各ギルドやその支部、街のちょっと高級な宿屋など要所に設置されているため主に遺跡探索系の魔導師が覚える少し高度な魔術の一つ。ちなみに転移するには予め転移する物質を専用の箱の中か陣の上に置いておかないといけないという共通のデメリットがある。

 カメラを拾い上げ、魔術師はリーダーへそれを渡す。受け取ったライラは数歩下がってバシバシとフラッシュを焚きながら壁の一面にびっしり書かれたその文字達を撮影していく。
 言い合いだか殴り合いだかがひと段落ついたのか、階段に留まっていた二人が下りてきて後ろからその様子を眺め呟いた。


「アレ、なんて書いてあるの?」
「さぁ…? 私にも読めませんねぇ。古代ヘクカルト語に近いようにも思いますがそれをいうならば古代クッカシャティト語にも類似している点はありますし…」
「つまり、かなり古い文字だということだな。」
「いうまでも無くそういうことです。あなたなら読めるのではないのですか?リーダー?」
「ほえ?」


 突然話を振られ、取り終えた写真をチェックしていたライラが間抜けな声と共に顔を上げる。
 その問いかけに、狼男が眉根を顰めた。


「何故コイツなら知っていると?」
「ライラってばこの遺跡の周囲に書いてあった文字読めたのよ。」
「ほう?」
「読めたんじゃなくて、意味を知ってただけだよぉ」


 その綴りの正しい発音の仕方すら知らない。けれど、その文字の羅列がどういう効力を持つのかは知っていた。それだけだ。
 そう説明するライラに、アザミィがキョトンと目を瞬き「じゃあ誰も読めないんじゃん」露骨にがっかりした様子でそう零す。それを聞いて、ライラがはははと笑った。


「古文書の解読とか専門にしてるヒトなら解読できるよーこのくらいなら。でも多分内容は…」
「?」
「”来たれ勇者!“とか、そんなんじゃない?」


 へらり、と笑って続けられ、残る面々は脱力する。
 一瞬彼等彼女等のリーダーが、とても遠く見えたのは果たして気のせいだったのか。


「ま、いーじゃんいーじゃん早く入ろ」
「はぁ? 入るったってどうやって」


 開けるんだ、と、そのあっさりとした言葉に突っ込もうとした言葉が途中で途切れる。三人が瞠った瞳で映すその先で、ライラの触れた壁が音を立てて左右に割れた――否、割れたのではない。まるで自動ドアのように左右に開いたのだ。
 言葉も出ない三人に、ライラは変わらずへらりと微笑む。


「んじゃ、行こっか。」














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