遥か先々までも続く広原

 長い猫じゃらしの森

 そこにぽつんと、銀褐色の色彩が紛れ込んでいた。


 その猫は、
 くすんだ銀色に見える灰色の毛並みを太陽の斜光に紅く煌々と光をはらみ、
 その猫は、
 大きなつばつきの帽子をかぶり、
 深緑色のそれを黒い肉球ではさんでくいともちあげ、
 その金色に光る、理性に煌めく瞳を空に向け、
 細められた漆黒の瞳孔は高くを見て、
 茶灰色にくすみ、くたびれたマントが、その体躯を包み込んでいた。
 もう片方の手に携える金属性の細い杖の、その先端の輪に束ねられた金の輪が、揺れるたびにしゃらしゃらと軽やかな音を奏でる。

 見上げる空はどこまでも青く、蒼く
 流れる雲はどこまでも白くて、
 猫は両の瞳を、さも嬉しげに細めたのだった。








             今は 春だ。







 ふ・・・っと、猫の、帽子から出た耳がピクリと外側を向く。
 その耳に何を聞いたのだろうか? 猫は無言で視線を背後へめぐらせた。
 猫じゃらしの森をかき分けて、波音にも似た音を引きつれ、何かが近づいてくる。

 何だろう? それは緑のヴェールに隠されている。
 ただじっと静かに、猫はその何かが現れるのを待っていた


 猫が見つめるその一角から、
 黒い塊が飛び出した。
 それはそのまま二転、三転、勢いのまま転がると、
 丸めていた身体を伸ばし、ぴょこんと上体を起こした。


 やわらかく、陽だまりを存分に蓄えた毛並みに、
 せわしなくぴこぴこと動く耳。
 ゆらり。
 長いしっぽが地面をこすった。
 猫はその姿を見止め、優しい微笑を浮かべた。


 猫だ。


 猫じゃらしの海から飛び出してきたのは、
 漆黒の毛並みをした子猫だった。


 靴を履いたように、その四本の脚の先だけが白く、
 結構な距離を転がってきたのだろう。
 子猫は前足で、ふらふらと円を描いて動く頭を抱えていた。
 ふいに、その白い髯がこちらを向いて、子猫が振り向いた。

 猫とはちがう明るい茶色の瞳。
 その瞳に、静かにたたずむ猫を写して。それは驚きに見開かれる。
 ようやく落ち着いたのか、
 子猫は立ち上がると、猫のそばまで警戒心も無く歩み寄り、
 その、帽子の鍔(つば)に隠された瞳を覗き込み、言った。


「おじちゃん、なにしてるの?」


 舌ったらずな問いかけに、自然と頬がゆるむ。
 その瞳を見つめ返して、
 猫が答えた。


「空を、見ていたんだよ。」
「今は何を見ているの?」


 間髪いれずに続けられた子猫の問いに、
 猫は微笑を深くして言った。


「今は、君を見ているんだよ。漆黒の猫殿。」


 そういって、目線を合わせるように片膝をつき、真っ直ぐ同じ高さから見返してくる金色の瞳を嬉しそうに見返して、


「ふふふ」


 子猫はくすぐったげに、さも嬉しそうに笑ったのだった―――




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