二匹はそのまましばし微笑み合い、
 やがて子猫が先に口を開いた。



「僕ね、ネロ。おじちゃんは?」


 
 子猫―――ネロの問いに、
 猫はふっと、瞳の奥に光と陰をはらんで、答えた。


「―――ウェィザー・レオ。それが、私の唯一の名だ。
 今も、遥か古の時にも。」

 
 深い輝きを秘めるその言葉と瞳の意味を、ネロは知らない。
 だからこそ、邪気無くその名を口中で反芻する。


「う、うえ、ウェイ? ザー、レオ?」

 
 その微妙なアクセントがつかめなくて。
 上手く発音できない、それでもその名を口にしようと試みるネロに猫は―――ウェィザー・レオは微苦笑した。
 仕方が無い。と、思う。「ウェィザー」は、少し言い難い。
 四苦八苦するネロに、ウェィザー・レオは


「レオでいいよ」

 
 優しく囁いた。


「レオでいい。私は、レオだから―――」
「レオ?」


 どこか懐かしむような、過去への憧憬にも似通ったそれに、気づかないわけではなかったのだが、ネロは首を傾げるだけに留めた。
 それを問うことを躊躇わせる、荘厳さ、とでもいうのか、
 悠久の時の末端――――とでも言えばいいのか。
 そういったものを感じ取って、ネロは代わりに、その名を繰り返した。


「レオ、レオ・・・うん。これなら僕、言えるよ。」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべるネロに、レオもまた微笑を返す。
 優しさで包むようなその笑みに誘われるように、ネロはレオに聞いた。


「レオおじちゃんは、どこから来たの?」


 ネロの問いに、レオは笑みを浮かべる。
 子猫といえども、他の土地の匂いをかぎ別けられるらしい。
 いや、子猫だからこそ、かも知れない。

 純粋に、好奇心のみで問われて、
 不思議そうに、けれど期待に満ちた瞳で見つめられて、
 レオはその清んだ美しい瞳から、遠い遠い空の彼方へ視線を転じた。

















「・・・・ずっと、遠くだよ。」















 誤魔化すわけではない真実の言葉に、ネロがその瞳を輝かせる。

 
 大空の彼方
 大地の果て
 大海の向こう
 山脈を越えて――――――


 時さえも隔て、遠く遠くをその瞳に映し出すように、
 レオは答えた。
 風が吹いて、レオの色あせたマントと、ネロの生命力に艶めいた漆黒の毛並みを撫ぜ、はらませる。
 どこか、異国の匂いを纏(まと)う風。


「じゃあ」

 
 と、ネロが口を開く。









「レオおじちゃんは、風なんだね。」









 
 ネロの無邪気な瞳へと視線をすい込まれるように戻し、
 にこり、と笑って、レオはうなずいた。


「ああ―――そうだね。」

 
 二匹の猫はそう言うと、静かに、笑みを交わした―――――

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