思い出すのは、毎日繰り返し語ってくれる曽祖父の、白濁とした、けれど穏やかな瞳。
ずっと昔
それは百年ぐらい前にあった物語。
村長さまがまだ群長さまと呼ばれていた頃、
ネロたちの村は無く、彼らは放浪の民として暮らしていた。
様々な地を渡り歩き、
たどり着いたこの地で、
群長様は、今の守護者さまと出会った。
恐怖政治を強い、小動物たちを乱獲し、土地を汚していた先住民の中に居た守護者様は、群長様たちのキャンプに訪れ、その前にかしずき、言ったという
「この土地を救ってください」
これは彼らの問題で、この地を通り過ぎるだけの自分たちが関わっていいことではないと、始めは渋った群長様だったが、荒らされ汚されるこの地を見て、やがてその腰を上げた。
「罪なきこの地が殺されるのを黙って見過ごすことを、世界と生きる我らには出来ない。」
群れに生きるすべてのものの意見は同じで、
彼らは先住民たちに戦いを挑んだ。
その戦いは熾烈を極め、
99夜にも及び、
土地が深紅に染まっても、
彼らはこの地を見捨てなかった。
そして迎えた100夜目
世界を染める金色の朝日に迎えられ、
先住民の暴君はこの地を去った。
新たな長の誕生だった。
100夜をかけて守り抜いたこの土地を、
群長様は守護者様と供に永く守ることを決められた。
汚され踏みにじられたこの土地を、
世界のどこよりも美しい緑の土地にしてみせると――――
去れ忌まわしき闇の時代
来たれ美しき光の時代
皆は歌った喜びの賛歌を
新たな世界よ幸多きものとなれ
古き世界よ禍を持って消えよ
喜びを
幸福を
それは100年くらい昔の物語――――――――
「それから群長さまは村長さまになって、守護者さまと二人でこの土地を治めてるんだよ」
「へぇ」
たどたどしく、つたない、けれど一生懸命、楽しそうに語られた古の物語に、
レオは薄く微笑んで感心したような、けれど何かを考え込んでいるような相槌を打った。
「でね、村長さまは優しくてね、守護者さまは楽しいの! 一緒に遊んでくれるし、いろんなお話してくれるんだよ!」
本当に楽しげに語るネロに、レオはその瞳の奥深くを妖しく揺らめかせ、けれどそれを帽子の鍔の下に隠していった。
「そう、村長さまはまだ代替わりをなさってないんだね?」
「そうだよ。ずっと村長さまは村長さまだし、守護者さまは守護者さまだよ?」
なぜそんなことを聞くのだろうかと訝しがることもなく答えたネロは、レオの違和感に気づかない。
「そうか、それはよかった。」
「? レオおじちゃんは、村長さまに会ったことがあるの?」
言葉の意味を汲み取れないその声に、ネロが振り返って首をかしげた。
その言葉に、
レオは、静かに、すっと、微笑んだ。
「――――村までは、あとどのくらいかな?」
「え? あ、うん、あとちょっとだよ。」
「そうかい――――ネロは、村長様が好きかい?」
不思議な微笑をたたえたレオに問われて
「うんっ! だぁいすきだよ!」
話を逸らされたことにも気づかず即座にうなずいて太陽のように笑った。
「――――そうかい」
その答えに
レオは嬉しいような困ったような、複雑な笑みを浮かべたのだった。
二匹の瞳に、流れる小川のきらめきが見え、二匹は猫じゃらしの森の道が終わったことを知った――
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