ネロの村は、レオを優しく迎え入れた――――
そこは、
草木が敷き詰められた芝生のように茂るこの豊かな土地のなかでは珍しく、茶色い、少し湿気を含んだやわらかい地面がむき出しになった場所だった。
くねくねと曲がりくねった小川から少し離れるようにして造られたいくつもの建物は、干して乾かした土のレンガで組み立てられたかまくら型の、筒状に長い家々で、その家々から魚の焼けるにおいや、子供を呼ぶ母猫の声が聞こえてくる――――そんなのどかな村だった。
まるでここだけが隔絶され、時の流れが穏やかに、緩やかに過ぎているような――――そんな、村。
その土地の柔らかい空気に、
レオは一瞬驚いたように目を見開いて、
それから安心したような、喜んでいるような笑みを浮かべた。
その微笑を、純粋に自分の村を「いいところだ」と思ってくれてのことだと受け取り、ネロは嬉しそうに笑みを浮かべ、小川に掛かる弓のような形をした橋を駆け渡り、レオを振り返って「早く早く」とせがむ。
それにレオは、今度は、本当に自分の村を好いているネロの様子に、微笑ましいと微笑を浮かべた。
「あれ、ネロじゃん。今日は明日の新生際に使う猫じゃらし集めに行ってたんじゃなかったのか?」
ふいに、橋から少し離れた場所で釣竿をたらしていた子猫の一匹がこちらを振り返って声を張り上げた。
その子猫の言葉に、釣りをしたり石積みをしたりして遊んでいた子猫たちがいっせいに振り返る。
「あ、ほんとだ、ネロだ。」
「ねこじゃらしは?」
「やっほー」
「いっしょに遊ぶ?」
口々に言ってこちらへ駆けよってきた子猫たちは、途中で橋の上に見知らぬ土地のにおいを纏う猫をみつけて立ち止まった。
―――――が、それも一瞬のこと、
次の瞬間には好奇心をいっぱいに輝かせた瞳で子猫たちはレオを囲んで騒ぎ出した。
「誰、だれ? この猫だれ?」
「いろんなにおいがする」
「すごいね、風のにおいだ」
「ネロ、この猫だれなんだ?」
この中では一番年長なのであろう子猫に聞かれて、
「あのね、この猫はレオおじちゃんってゆーの! 旅猫さんなんだって!猫じゃらしの森の中でお友達になったんだよ。だから猫じゃらし狩りは、今日はおしまいなの。」
ぱぁっと顔中に喜色を浮かべ、
興奮に尻尾をぴんとたたせ、
ネロは得意げに、少し大きくなった声でそう答えた。
「ふ〜ん」
「旅猫?」
「だからいろんなにおいがするの?」
「風と同じだよ、知らないにおいがいっぱいなの」
「どこから来たの?」
「レオ?」
「お話聞かせて!」
「一緒に遊ぶ?」
気がつけば10匹近い子猫に囲まれて、レオは身動きがとれず困ったようにほほを掻いていたが、それでもその顔をみれば嬉しそうで、子猫たちは異国の旅猫を恐れる様子もなくじゃれている。
外との交流が無いのが村だ。
交流があれば村は町へと発展し、都市と呼ばれるようになる。
だから「村」と呼ばれる規模のこの地がこんなにも暖かく旅猫を迎え入れるのは珍しい光景だった。
外との交流が無いのが村で、
外との交流が無ければ村の団結力は高まるが閉鎖的になり、外界を受け付けなくなり、やがて敗退し、衰退して歴史の流れに飲み込まれて消えていく――それが当たり前で、
しかしこの村にはそれが無い。
それは、たったそれだけの違いであるけれど、大きな違いであることをレオは知っていた。
自分たちが知らない未知の存在を、たやすく受け入れられる度量を彼らは自然に身につけている。
レオにはそれが嬉しかった。
100年後にこの村を訪れたなら、ここは町と呼ばれていることだろう。
レオは確信を持ってそう思えた。
村の雰囲気は、村を治めるものの偉大さをあらわしている。
この村の村長がどれほどに素晴らしい者であるか、
レオはそれを肌で感じて、その金の瞳に穏やかな喜色を浮かべたのだった――――
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