『好きです。俺はあなたを愛しています。』 彼女へ向けた愛の告白とバラの花束。 一拍置いて飛んできた彼女の平手。 バサリと花束は地面に落ちた。 『…ふざけないで』 搾り出すような声。 涙を湛えた大好きなマリンブルーの瞳。 『バカにしているにも、ほどがあるわ。』 事態が理解できなくて、キョトンと俺は目を瞬き自分の頬に触れた。 頬の痛み以上に、彼女が泣いている事に愕然とした。 『あなたは誰も愛してなんかいない、あなたの中身は空っぽよ!!』 叫んだ拍子に俯いて、光の加減で金色に輝く薄茶色の髪に顔が隠れる。 薄ピンク色の口紅で彩られた唇が、ぎゅっと強く引き結ばれ、歯を食いしばる。 『愛を知らない癖に、愛しているなんて言わないでっ!!!』 薄化粧の頬を透明な涙が伝う。 キッとマリンブルーの双眸で俺を睨みつけて、彼女は言った。 『二度と、私の前に姿を見せないで。絶対に。』 俺はただ呆然としていて、 けれど彼女が、俺のせいで傷ついているんだって気づいて、 俺が居るから、泣いているんだってわかって、 俺は愛する彼女を傷つけることしかでいないんだって悟って、 微笑んだ。 『うん。…わかった。』 ごめんね。 そう言って踵を返した。 その日の空は青かった。 「……ヤな夢見たぁ……」 けたたましくロックを奏でる携帯電話のアラームをベッドに寝転がったまま止めて呟く。 空っぽの体が、内側からキリキリと痛みを強要している。 一生に一度のような、本気の恋だった。 最初は遊びだったけれど、 凛と気高く純粋なあの女性を、本気で愛していたんだ。 だから、勇気を出して告白したのに…。 ―――以来、彼女を思わせるような気高く強い女性は苦手だ。 「うわ〜〜〜、キ…ッツぅ…」 「叶…? ちょっと、どうかしたの?!」 タタタ、と駆け寄ってくる気配に両目を覆っていた腕をどかす。そうすれば視界いっぱいに映る美女の姿。 まだ濡れた髪が肩に落ちるけれど、化粧を落としても美しいその女性の頬に手を添えた。 「んーん、何でもないよーマリア。」 「ウソ。嫌な夢でも見た?もう一回する?」 「はは、素敵なお誘いだけど残念。愛を語らうには時間が足りないよ。」 いつものようにへらりと笑った口元に押し付けられる唇。 軽く触れて離れて、マリアと呼ばれた女性は叶の顔の左右に肘をつく。 「仕事なんて休んじゃいなさいよ。それが許されるくらいには、辛そうな顔してる。」 「心配してくれるのかい? 嬉しいけれど、そういうわけにもいかない。サボったりしたら上司に殺されちゃうよ。」 「返り討ちにすればいいわ。」 「ははは、勘弁してよ、バケモノ並みに強いんだぜ俺の上司。」 笑いながらマリアが首筋に押し当てる唇の感触を楽しむ。濡れた髪を掻き揚げるようにして先ほどまでバスタオルで包まれていた背中に腕を回し、強く強く抱きしめた。 「…叶?」 「ん〜、女の人って、柔らかくて暖かくていいよねー」 「ふふ、子供みたいよ、叶。」 「男はいつだって、女性の前じゃ子供なんだよマリア。」 「あら、ケダモノの間違いじゃぁなくって?」 「心外だなぁ、俺はいつでも紳士でしょ?」 「あら、どの口がそんなことを言うのかしらねぇ」 くすくすと、二人分の笑い声がベッドルームを密やかに満たす。 それでも緩まない腕に、マリアは叶の頭を抱きかかえ優しく撫でた。 「叶、次はいつ会える?」 「君が俺を、俺が君を必要とすればいつだって会えるさ。」 「それじゃあ二度と会えないわ。」 「手厳しいな。」 「あなたは私を必要としていないもの。」 ピタリ、と笑みが絶える。 固まった叶の頭から腕を離したマリアの瞳に、間抜けな顔をした自分の顔を見て、目を瞬いた叶は「…どうして?」小さく囁くように問いかけた。 それに、彼女は笑う。 「あなたが必要としているのは肌を温めてくれる不特定多数の女性であって私じゃない。そうでしょう?」 「そんなこと」 「そうなのよ。でも私はそれで構わないわ。あなたの誘いに乗ってあなたに抱かれる女の殆どがそうよ。あなたは頼めば幾らでも愛していると言ってくれるもの。だから私たちも、あなたに温もりをあげるのよ。」 でもね、と 細い吐息でマリアは言う。 「私にはもう、無理だわ。」 「マリア…?」 「ごめんなさいね、叶。でもハッキリしたわ。だってあなたのセックスはとても気持ちいいけれど、心は全然満たされないのだもの。」 「マリア? 何、」 「寒いのよ。あなたに抱かれても、私はもう温もりを分かち合えない。実らない恋に溺れたくないの。」 離れる。温もりが。 身体を起こしながら、けれど腕も伸ばせない。 碧色の瞳から透明な涙を幾筋も流して、マリアは毅然と笑った。 「悪いのは私よ。割り切れなかった私。だから、あなたは気にしなくていいわ。」 「…さよなら、なのかな?」 「ええ、さようなら。もう二度と連絡しないで。会っても、他人よ。」 「そっか…」 それだけ呟き俯く。衣擦れの音がして、彼女が服を着ているのだとわかった。 声が姿が重なって、顔を上げられない。 あの人に。 「バイバイ、叶。」 ふいに、聞こえた明るい声に顔を上げれば唇に一瞬の温もり。 離れていけば感じる寒さが余計に身に染みるようで、それでも叶は笑った。 「うん、バイバイ、マリア。楽しかったよ。」 まるでまた明日も会うような気軽さで、 返した言葉に微笑んだ彼女はもう振り返らない。 今まで遊んだ、何人もの女性がそうであったように。 バタンと、扉が閉まる。 一人取り残された部屋の中、叶は静かに繰り返した。 「バイバイ。」 愛する方法も愛してくれる人も、 未だ彼には見つけられない。 |
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