『お前は危険だ』 豪雨のような声で彼は言った。 『存在してはならない』 雷鳴のような声で彼は言った。 『邪神よ』 死者の哄笑のような声で彼は呼んだ。 『我らを滅ぼす者よ』 断絶の剣に滴る血の一滴のような声で彼は呼んだ。 『風の巨人の息子は、所詮巨人族だったのだ』 背後に忍び寄る闇のように彼らは囁いた。 『殺せ』 首筋につきつけられたナイフのように彼らは囁いた。 恐怖も悲哀も憤怒に変わり、髪の逆立つような憤怒は憎悪に変わった。 僕達は仲間なのだと信じていた。 僕達は友人なのだと信じていた。 けれど彼らは神族、僕は巨人族。 たとえ彼らの最高神と血を分け合ったとしても、 彼らは僕を神だと認めてはくれなかったのだ。 それでも彼だけは、彼は僕の義兄なのだと、 彼は僕を理解してくれていたと、 彼は僕を裏切らないと、 そう信じていたのに、 どうして オーディン―――――――――――― 窓から差し込む朝日のみが光源の部屋で、少年は涙にぬれた瞼を開き、しばし呆然と焦点の定まらぬ瞳で天井を―――ベッドの天蓋を見つめていた。 やがて今見ていたものが夢であると気づき安堵し、伝った涙に自嘲する。 いいや夢などではない。あれは現実なのだと。 信じていた朋に裏切られ、そして裏切った―――悪夢のような現実。 ずっとずっと昔、全てが狂い、全てが音を立てて崩壊したあの時から、そうずっと彼を苛み、憎悪と憤怒を呼び起こし続けるただそれだけの夢。 それはまるで、忘れるなと言い聞かせるようだ。 「忘れなんてしないさ」 しゃがれて擦れた呟きに、自虐的な笑みを浮かべる。 そう忘れなんてしない。 だからこそ自分は今、存在している。 自分を裏切った者達に復讐するために 世界の崩壊を呼び起こすために。 「玉座に座って見ているがいい。自らが蒔いた悪意の種が大きく育ち実をつけるのを。」 およそ少年の姿には似つかわしくない老齢した禍々しいものにその笑みを変える。 破滅を切望するその少年の名はロキ。 遙か古の時に堕神した者。 神々の黄昏を呼び起こすことを宿命として産まれた巨人族であり神である者。 堕神ロキ。 彼はただ、薄明に包まれる部屋で一人、世界を憎み微笑したのだった。 *************** TOP NEXT |