カランカラン…
下り階段の先にあった今にも壊れそうな扉を恐る恐る引っ張れば扉に括りつけてあるベルが乾いた音を短く響かせて。
「いらっしゃい、ませ」
薄暗い店内へ目をやればカウンターの前に少女が一人、アナタへ金色の双眸を向けていた。彼女が先ほどの男の言っていた『留守がちなウェイトレス』だろうか?真っ黒いメイド服らしきものの上から真っ黒いコートを羽織ったその少女の頭の上ではフードに白い糸で刺繍された猫の顔が虚ろに天井を向いている。たたずむその足元で、鮮やかな橙色の毛並みをした虎が一頭、真っ赤なソファの上に寝そべり緑柱石色の瞳にアナタを静かに映していた。
「お席…へ」
たどたどしくそう言われ、ひとまず手近にあった席へと腰を下ろす。店内も随分古いが埃などは積もっていないようだ。…まぁ、仮にも飲食店なのだから当然と言えばそうなのだろうが。
「ご注文、を…どう、ぞ。」
舌ったらずでどこか甘みのある幼い声がアナタへ問う。しかし注文はと聞かれてもメニューも何も見当たらないのだが…困惑しつつ意味もなくテーブルへ視線を落としたとき、
くらり、と、視界が歪んだ。
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「かしこまり、ました。物語を…です、ね。」
少女の声が、耳の奥で静かに木霊した。
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