遥か古のときの中で最も初めの時、
 一人の女神から数多の世界が産声を上げた。
 これはその一つの世界の、物語―――




















 小さな村の平凡な夫婦の間に、三人の男児が生まれた。
 一番上の男児は家を継ぎ
 二番目の男児はそれを手伝い
 三番目の男児は勇者になった。




 小さな村の平凡な夫婦の間に、三人の女児が生まれた。
 一番上の女児は嫁に行き
 二番目の女児は侍女になり
 三番目の女児は魔女になった。

























 勇者は世界を旅し、魔物を倒し、人を助けた。 
 魔女は村を出され、邪悪と言われ心を失くした。




 それから五年後
 森の中で二人は出会った。





















 勇者は言った。
「あなたは魔女ですか?」
 魔女は言った。
「あなたは勇者ですか?」

 勇者は答えた。
「人はそう呼びます」
 魔女は答えた。
「人はそう呼びます」

 勇者は訊ねた。
「あなたは一人なのですか?」
 魔女は訊ねた。
「あなたは一人なのですか?」

 勇者は答えた。
「私は一人です」
 魔女は答えた。
「私は一人です」


 勇者は微笑んで、
 魔女は首を少しかしげた。


 勇者は訊いた。
「あなたは笑わないのですか?」
 魔女は訊いた。
「あなたは笑うのですか?」

 勇者は答えた。
「人は笑うものです」
 魔女は答えた。
「わたしは笑えません」


 そして言った。
「人が笑うものならば、私は人ではないのでしょう」


 勇者は首をかしげ、魔女の頬に触れて言った。
「あなたは暖かく、血が通っています。あなたは人でしょう」
 魔女は首をかしげ、勇者の手に触れて言った。
「あなたは暖かく、優しいのですね。けれど私はそれを感じる心がありません」


 感情のない顔は美しく。意思を宿さない瞳はただ勇者を映していた。
 りりしい顔は勇ましく。強い意志を宿す瞳は真直ぐ魔女を見つめていた。


 勇者は尋ねた。
「私と一緒に行きませんか?」


 すると魔女は首を振り、静かな声で淡々と告げた。








「あなたが一人で行ったなら、あなたは誰もがその名を知る英雄となるでしょう、
 あなたが私と行ったならば、あなたは何も得られません。」








 勇者は戸惑い、魔女はただそれを映した。



勇者は尋ねた。
「何も得られないのですか?」
魔女は答えた。
「何も得られないのです」























 森の中で出会った二人は、森の中で別れを告げた。







 五年後―――


 勇者は一人で行った先の国で皇女を助け、国を救った。
 勇者は誰もがその名を知る存在となり、魔女が告げたとおり英雄となった。



 魔女は一人で旅を続け、人に恐れられて外界との接触を絶った。
 英雄になった勇者の話は魔女の元まで届き、魔女は英雄になった勇者がその皇女と結ばれ王になることを知った。

 それを聞いたとき、魔女はただ、
「そう」
 とだけ言った。
 それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもない、ただそれだけの言葉だった。



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