信じていたのに裏切られた。
 裏切りと呼べない裏切り
 私だけが知っている。




















 異界に使わされた巫女 それが私。
 幾多の試練を潜り抜け
 愛する人と仲間を得た。
 絆は深く、切れないと、
 ・・・そう信じて疑わなかった。







 最後の試練のそのときに、
 私は神に選ばれなかった。







 悲しみに叫んでも、覆らない事実。
 時は巻き戻され、私がこの世界の地を踏んだ日に還る。
 私だけが記憶を持ち、友と愛する人たちから、私は消える。
 そして私は自分の世界へ帰ることも許されず、たった一人孤独に生きる。 


 嫌だ
 抗う術は無い
 嫌だ!
 叫んだ私を、愛する人は抱きしめた。

 必ず思い出す。
 思い出すから。

 彼とみんなの言葉を・・・
 私は信じて疑わなかった。

















 目覚めた場所は一面の雪。
 そこに薄着で私は倒れていた。

 覚えている、友との記憶。愛する人の記憶。

 私は裸足で駆け出した。
 愛する人が住まう城へと。
























 足が雪に焼かれても、体が寒さで凍っても。
 まっすぐ城への道をかけて行く。

 突然門番が私の行く手をふさぐ。

 私の名を言っても誰も知らない。
 涙が凍るその地で、私は愛する人の名を叫ぶ。


 そして彼は、姿を現した。
 私は歓喜した。 
 喜びで体が裂けてしまいそうだった。

 覚えていてくれた。私のことを。約束通り忘れずにいてくれた。
 けれど彼はいぶかしげな顔をして、門番に尋ねた。


『誰だ そいつは』


 絶望に、何も見えなくなったと思った。

 そのまま、彼は ふい、と、城に消えた。
 待って、待って!
 叫ぶ声は、雪に吸い取られた。
























 信じていたのに、約束したのに。
 彼は私を思い出さなかった。
 思い出してはくれなかった。
 解っても、あきらめられるような軽い想いではなかった。

 彼と私だけが知っている秘密の抜け道。
 思い出して私は駆け出した。
 体はもう、感覚を失っていた。

 崩れた城壁を潜り抜け、彼を見つけた。
 目と目が合って、私は彼の名を呼んだ。
 けれど彼は何もいわず、私をただ睨みつけた。 
 まるで異物を見るように。

 胸に痛みが走った。
 彼はもう、私を必要としていない。私の存在すら認めてはくれない。そう思った。
 熱い涙は凍りつき、それでも涙は止まらなかった。

 突然、誰かに抱きかかえられた。
 顔を上げると、彼の顔が間近にあった。


『馬鹿かお前は! このような真冬にそんな薄着をして! 死にたいのか!』


 怒鳴り声さえ心地よかった。
 同時に胸が悲鳴を上げる。
 やはり彼は私を忘れた。
 私がどれだけ想っても、彼は私を想ってはくれない。
 私はもう  必要ない
 私は意識を手放した。
























 目覚めたとき、馴染んだ部屋のベッドに私は横たわっていた。
 体中が焼けるように痛い。
 包帯が、体のいたるところに巻かれていた。
 そして横に、彼が立っていた。


『大丈夫か?』


 気遣う言葉に身じろぎした。
 彼の名を呼んで、思い出したの? と尋ねた。
 けれど彼は、やはり思い出したわけではなかった。
 今までのことを、私は話した。
 けれど彼は拒絶した。
 信じられるはずが無いだろう? そう言われて涙が零れた。


 愛していたのに
 忘れるならこの想いごと持っていってほしかった。
 愛しているのに
 愛したあなたは、もういない
 涙は止まらなかった。


 傷が言えるまで、城に居ろと言われて頷いた。
 思い出してくれるかもしれない。
 淡い期待を希望に変えて、私は彼と過ごした。

























 彼は優しかった。
 時に怒ってくれて、時に笑ってくれて、時に微笑んでくれた。

 思い出して欲しい。
 優しくされて、期待は膨らんだ。
 願いは強くなり、彼によく昔の話をした。 






















 ある日、傷も癒えかけた春間近の日。
 いつものように昔の話をしていた。
 けれど彼は突然立ち上がり、私を怒鳴りつけた。


『その話をするな! 俺は俺だ!
 もういい、消えろ!
 俺の前から消えてしまえ!』


 私は、その場にたたずんだ。


『私はただ、あなたに思い出して欲しいだけ! 思い出してよ!』


 叫んだ言葉に、彼は私を睨みつけた。


『思い出せ、思い出せって俺は俺だ! そんな記憶なんか思い出したくも無い!
 お前なんかいなくなればいい、
 愛してる? お前が愛しているのは俺じゃない! 俺はそんなお前なんか嫌いだ、ずっと思っていた、鬱陶しい―――――――二度と顔を見せるな!』


 絶望が悲鳴を上げた。
 私は駆け出した。
 日記を落としたみたいだったけれど、関係なかった。
 私はただ駆け出した。























 信じてたのに。
 愛してくれていると。
 あの日々と同様に
 愛してくれていると。

 なのに彼は私を憎んでいた。
 私に消えろといった、
 私など、この世から消えてしまえと!


 町を抜け、丘に上がり、崩れるように倒れこんで叫んだ。


 疎ましく思うなら助けなければ良かったのに! 
 あの時私を兵士に突き出せばよかったのに!
 なのにどうして優しくなどした!

 なぜ期待させた!
 愛してくれているのだと、なぜ思わせた!
 疎ましいなら優しくなどしてくれなければ良かったのだ。
 なのに優しく手を差し伸べて、微笑んでくれて、そして消えろというのか、疎ましいと言うのか!
 裏切るのなら、最初から、手など差し伸べてほしく、なかった・・・・・




 どうして、なぜ、なんで?!
 咽が嗄れ果て、血を吐くまで叫び続けた。涙が枯れるまで泣き続けた。
 そして雪に沈むようにして、
 絶望の眠りについた。


























 朝になった。
 朝になったんだ。

 考えているのかすらわからない。
 ただこのまま陽に焼かれて死ねたらどんなに良いかと思った。
 胸の痛みで、何もわからない。
 ただただ絶望が私を蝕む。

 死・・・・
 そうだ、彼は言ったじゃないか
 消えてしまえと、
 ならば消えてしまおう。

 死なら、一瞬で終わる。

 この胸の痛みが、消えると思えない。
 彼が私を憎むなら、私はこのまま眠りにつこう。
 私を愛してくれた彼の記憶を胸に抱いて、永遠の眠りにつこう。
 他でもない、彼がそれを望んでいるのだから。






















 彼のくれた短剣を握り締めて、私は泉に足を向ける。
 大きな泉は、底が見えるほどに清んでいた。
 彼が連れて行ってくれた、王族の者しか知らない泉。
 思い出の場所。
 彼との、一番の思い出の場所。
 あそこで死のう。
 彼との思い出の場所で、
 私だけが覚えている彼との記憶を抱いて、
 彼はもう、私を必要としてはくれない。
 彼に疎まれるくらいなら、私がこの世界にいる意味など無い。
 この世になど、意味は無い。




 泉はどのような奇跡か、極寒のこの地で薄氷さえ張っていなかった。
 泉に足を入れる。
 千の針で貫かれるような痛みも、胸の痛みに比べればたいしたことは無い。
 一歩踏み出すたびに体が沈んでいく。
 肩ほども冷たい泉に身を沈め、短剣を払った。
 鉄の短剣は光沢を放ち、私の死を祝福してくれた。
 自分の方に刃を向けて、短剣を掲げた。























 そして、刃はまっすぐ私の心臓を貫いた。
























 体が一瞬泉に沈み、また浮かぶ。
 ルビーよりも深い赤に泉は染まり、凍りついた。 


 もう一度、体が沈む。その一瞬前に、彼の姿が見えた気がした。

 けれど泉は氷に閉ざされた。
 赤い氷に。


 氷の中で、彼を見た。



 必死に氷を叩き、何かを叫んでいる。





 怒ってるんだ。きっと。








 私が彼の前に姿を現したことをだろうか
 それとも私をその手で殺したかったのだろうか。








 それでも良かったかもしれない。
 けれど、彼を私の血で染めたくは無かった。
 だって、彼は私を憎んでいるから。











 虚ろに目が開かれたまま、氷は完全に泉を凍らせた。





















 赤い、凍れる泉。
 私の魂は今もそこで彼を見つめている。
 記憶の中の彼を。























 彼は裏切った。多くのことを。
 必ず思い出すという言葉も
 嘘だった。
 永遠に愛すると言った言葉も、
 偽りだった。
























 彼は私を永遠に忘れ、そして憎んだのだ。

























 けれどなぜだろう
 叫んでいた彼の目に
 涙があったのは・・・・・・。



********

 TOP NEXT