地響きを立てて左右に開いた扉。へらりと笑って此方を振り向く彼等彼女等のリーダー。
 唖然とそれらを見つめていた三人のうち、真っ先に我に返ったのは―――このパーティの中で最も冷静である、参謀の役割を担う魔導師、セルビオラだった。
 驚愕の表情をすっと消し、無言でリーダーへと詰め寄り「どういうことですか?」凛と張った声で問うた。


「どう…って?」
「惚けないで下さい。…いえ、あなたのことですから本当に気づいていないのでしょうね。ですが、ならばなおの事お尋ねします。」
「???」
「ライラ。今、あなたはどうやってその扉を開けたのですか?」
「はえ?」


 詰問に、頭上に疑問符を飛ばしまくりながら魔導師を見たライラは順番にその後ろのアザミィとウールセルドへ視線を向ける。そして、二人がセルビオラと同じように答えを待っていることを悟ると腕を組んで「う〜〜〜ん」と唸り始めた。
 やがて、何を思いついたのかポンと手を打つ。とことこと右端の壁へと歩き…


「えい」


 ガション
 壁の中へと埋もれた扉の、壁からはみ出していた20cm。そこの出っ張りを押した。
 ―――と、どこかで起動音が鳴り、一瞬送れて地鳴りと共に扉が動いて…
 

「って、閉じてどうするんだ貴様は!!!


 バシンッ 人狼に結構な力で頭を叩かれつんのめったライラは「痛ッいたいーウルちゃんが叩いたー」と子供のごとく頭を抱えて喚く。すかさずアザミィが後ろからウールセルドの頭を肘鉄でぶん殴って沈めライラに駆け寄り頭を撫でた。


「大丈夫ライラ!? もーほんっと野蛮よねウールってばいきなり殴るなんて!」
その台詞そのままそっくり貴様に返させていただこうか…?


 彼が人間族よりも数段丈夫な人狼族の戦士でなければ頭蓋骨陥没ぐらいはしていただろう一撃にズキズキ痛む頭部を押さえながら搾り出された地を這うようなその声に、しかしアザミィは軽く無視してライラの頭を撫で「痛いの痛いの馬鹿犬の頭に飛んでいけー」などとおまじないだか呪いだかをかけている。
 霧散した緊張感に、ふうと溜息を吐き出した魔導師は閉じた扉の接合部へと歩み寄り―――ライラが触れた出っ張りを、押した。
 ごごごごごごごご、と、地響きを立て三度動いた扉は、先ほどと同じく壁の中に埋まり彼等冒険者に道を開ける。


「つまり、よくある自動ドアと同じ仕組み…と、いうわけですね。」
「うんそうー」
「何故あなたはこれをご存知で?」
「ふえ?」


 次なる問いに、キョトンと目を瞬き間抜けな声を出すリーダー。問いの意味が解らなかったのだろうかと魔導師が一瞬危惧した時、ライラは、アザミィに頭を抱えられたままこくん、と首を傾げ


「セルビィ? あのね、オレ、盗賊(シーフ)だよ?(トラップ)の解除得意な。 で、(トラップ)解除専攻してるのに(トラップ)と扉の開閉スイッチの違い見破れなかったらオレどれだけ落ちこぼれ?」
「「「…あ、」」」


 ライラの答えに三人が同時に声を漏らす。
 そう、冒頭で罠の解除がどうのと騒いでいたように…ライラの職業は盗賊(シーフ)。盗賊といっても冒険者や商人を襲い金品を奪う方の盗賊とは違い、その職種名は遺跡の探索に重要な(トラップ)の発見と解除、設置、隠し財宝の探索などを専門とする冒険者を示す。
 つまり先ほど扉をべたべたと観察していたライラがこの仕掛けに気づき作動させた事は別段可笑しなことではないわけで、


「むー!! ちょっと! 何その反応!?」
「いや、なんというか、ええとその」
「き、貴様が紛らわしいことを言うから悪いんだろうが!」
「えーオレ何か言ったっけ?」
「そもそも、この遺跡に関わってからのあなたの態度に不審な点が多すぎるのですよ、リーダー。」
「ほえほえ?」


 セルビオラの指摘にぱちくりと目を瞬くリーダーに、最後の言葉を発したセルビオラがはぁと溜息を吐き出した。本当に自覚していないのか、それとも演技なのか、毎回悩まされるところである。
 そんな魔導師の態度に眉間に皺を寄せて不満を顕にし、ライラは「えー」と子供のように声を上げた。


「何さーオレ何か変ー?」
「貴様は存在自体が変だがな。」
「存在消されたいわけ?」
「ハッ、返り討ちにしてやる。」
「なんですってぇ!?」
「二人とも話を混ぜっ返す気ですかお黙りなさい。
「「っ、」」


 ピタリ、と本当に黙った二人を一瞥し、アザミィに途中で放り出され立ち上がったリーダーへと視線を戻す。紫色の眼差しに見据えられたライラは、たじろぐ事も臆する事もなくにっこりと無邪気に笑み金色の猫のような瞳で彼を見返し言った。


「オレは別にいっつもと変わらないよ、セルビオラ。何も変わらない。オレは皆のリーダーの、ライラだ。」
「…信じても、いいのですね?」
「皆が信じてくれないと、オレ嫌だなぁ」


 笑って言われたその言葉は、それが故に何処か切実で。
 まるでこの世界に自分ただ一人しかいないかのような、そしてそうである事を受け入れ諦めてしまっているような、
 再認識する。そう、自分達はこの人の偶に見せるこういう雰囲気に、この人の傍を離れられなくなってしまったのだと。勿論、彼をリーダーと慕う理由は別にもあるのだが。
 

「ライ」
「ライラぁ!!!」
「うわぶっ」


 セルビオラがリーダーの名を呼ぶのにかぶさって、感極まったかのようにその名を叫んだアザミィがライラを思いっきり抱きしめる。勢いを殺せずたたらを踏んだリーダーに構わず重剣士は(身長差の関係で)ライラの頭を抱えそのままの音量で叫ぶ。


「ごめんねぇ!!一瞬でも疑ってごめんねっ!! 大丈夫だよライラ私はライラの事信じてるからねむっちゃ信じてるからねーっ!!!
「えへへ、うん、オレもアザミィの事信じてるよ。」
「ライラーっ!!」
「煩いぞ馬鹿女。」
「っさいわねバカ犬。」
「あ゛ぁ!?」
「ウールも、オレの事信じてくれる?」


 聞こえた声に、ピタリ、と人狼族の猛者は口を噤み動きを止める。眼差しの先、アザミィに抱きしめられたまま、彼がリーダーと認めた唯一の男が金色の瞳で真っ直ぐ彼を見詰めている。


「君は、オレの事を信じてくれる?ウールセルド。」


 何故それを今問うのか。流れとしては何ら不自然ではない。けれど、人狼族に備わる人族のそれより数段優れた勘が問う。この男は、何故、今、それを問う?
 その内なる問いに答えが出るよりも先に、ふんと鼻で笑ったウールセルドは言葉を紡いだ。


「当たり前の事を聞くな馬鹿者。俺が、自分が信じられぬ男をリーダー等と呼ぶと思うのか。」
「えへへ、思わない。」
「でしたら、私の回答も今更必要ありませんね。」


 一番扉側から聞こえた声。視線を転じれば、そもそもこの質問を最初に口にした男が腕を組み言う。


「私は自分が抱いた違和感が気のせいだったなどとは思いません。けれど、あなたは矢張りあなたであるようですのでこれ以上は問いません。――さぁ、ご指示を。」
「うん。」


 頷き、アザミィの腕を抜け歩み出る。セルビオラの横も通り過ぎ、開いた扉の正面に立って振り向いた。


「さぁ、行こう。」












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