扉を開けた先は細い一本道だった。
 人間3人が並んで歩ける程度のその道は右に向かい緩やかな、しかし歩くものがそうだと気づくぐらいにははっきりと弧を描いていて、ムラサキヒカリゴケ
(植物それ自体が魔力を持ち一切の暗闇であっても紫色の光を放つヒカリゴケの亜種)が床の角から照らす明かりとセルビオラの杖先が放つ魔力の明かりを頼りに歩みを進めながら、しばし無言であった4人はしかし5分も歩いた頃には緊張感だとか期待だとかが薄れ、他愛の無い雑談に花を咲かせていた。


「大体なんだってこんなまだるっこしい造りになってるわけ?! あの仕掛け扉開けた時点でババーンとお宝の山でも積んでおけばいいじゃない!」
「そんなよくある冒険記譚じゃあるまいし」
「っさいわね!! “よくある”って事はそれが王道ってことでしょ!?」
「アザミィさん反響して煩いので声を抑えてください。」
「うぅ…ごめん。」


 呻き黙る重剣士に、リーダーがあははと軽く笑い「俺はアザミィの元気な声大好きだけどね〜」などと言ったので途端に萎れていたアザミィは元気を取り戻し目を輝かせた。それを見て呆れからか溜息を吐き出した魔術師は、「この遺跡のことですが…」と人狼の背で口を開く。


「まず遺跡の周りに5つ、小さな碑石が地図上に五芒星形を描くようにして点在してありました。」
「そんなのいつ調べたのよ」
「赴く遺跡の場所やその周囲の様子ぐらい事前に調べておくものでしょう。知識として住所を記憶するだけと自分の目で実際に見るのとでは大きく違うものですからね。」
「情報はあくまで情報だからな。それに近隣の村や街での冒険者達の動向や噂話なども拾っておけば無駄足を踏む確率も格段に減るだろう。特定の時期にしか現れない魔物や有害な植物などの情報も、ネット上では流れていない事だって多い。……ネットで情報を集めた上での下調べは冒険家としては基本中の基本だろうが。」
「うぐぐ…っ」


 一人と一匹の正論に重剣士が呻く。完全肉体労働担当の彼女はそういった“下調べ”に参加したことなど一度も無い。そんな立場に甘んじていた為に下調べ方法なども深く考えたことが無かったのだ。ぐうの音しか出ないそんな彼女をウールセルドが鼻で笑うのに、ライラが「まぁまぁ」と口を挟んだ。


「アザミィは冒険者やってまだ1年足らずなんだからサ。それで?セルビィ続きー」
「はい。五芒星形とは元々その文様の外部と内部を隔てる効果があります。つまり、“外”を拒絶し“内”を護るわけです。更に内側へすべての力が向くため、五芒星の中央には魔力が蓄積されることとなります。…ここまではわかりますね?」
「た…ぶん?」
「………つまり、五芒星の真ん中にお菓子を置けば誰にも取られない上に日持ちするようになるとでも考えてください。」
「なるほど!」


 10歳に満たない子供を相手にするようにして説明した魔導師の言葉に今度はすんなり理解できたらしい重剣士が目を輝かせ拳を握る。そんな反応に、彼女にはもう少し頭脳労働もさせた方がいいのかもと魔導師は軽い危機感と共に思うが今はその時ではない。
 

「五芒星形の形と先ほど階段のあった位置を考えて、今私たちが向かっているのはこの遺跡の最下であり中央である場所でしょう。次に、今言ったように五芒星形には魔力を蓄積する“保存”の力があります。つまりこの遺跡には魔力を必要とする“何か”が存在するという事です。だというのに、この遺跡内に仕掛けられていた罠や扉の全てが魔力を必要としないモノでした。」
「ええっと、つまり…?」


 またも首を傾げる重剣士を人狼がバカにした目で見下し(“みおろし”ではなく“みくだし”…だ。)鼻で笑って、言った。


「今俺達が向かう先で、半永久的に蓄積される膨大な魔力が使用されているという事だ。」
「そ、それぐらいは解ってるわよ!!」
「つまり、この先に待っている“お宝”とやらは<遺物>である可能性が高い。」
「<遺物>?」


 怒鳴った事も忘れてアザミィがキョトンと目を瞬く。しかし今度はウールセルドもバカにはせずセルビオラも静かな眼差しをリーダーへと注ぐだけで、
 「ええっと、」米神を人差し指で押さえ口篭った彼女は、考えながらだからだろうゆっくりと問いかけた。


「<遺物>って、昔話に出てくる、アレ?」
「ええ、それですよ。」


 むかしむかしあるところに、から始まるこの世界で最も有名な昔話。
 3人の錬金術師と一人の魔術師、そして一匹の悪魔と一柱の神によって創り出された<遺物>と呼ばれるアイテムと、それに関わる者達のお話だ。
 中でも特に有名なのは≪12人の子供達≫の話だろうか。


「あれってただの作り話でしょ?」
「……貴様、本当に冒険者か?」
「な、なによー!」
「<遺物>は実在しますよ。あれは全て実話を基にしたお話ですからね。」


 魔導師の言葉に、しかし重剣士は「えぇ〜?」眉を潜め胡乱気な声を出す。
 だがそれは無理も無い話だった。なにせ物語の中には一夜にして国を滅ぼしただの大河の位置を移動させただの海を割っただの、魔力を持ってしてもありえないようなお話も沢山あるのだ。勿論、実在しても可笑しくないような物も結構あるが…。


「私のこと、からかってるんじゃないよね?」
「違いますよ。帰ったら歴史書でも読みますか? 光の柱により瞬きの間に灰と化したユンプチラの王国に一日で向きを変えたラッパツェラの大河、それに歳を取らない【白の魔女】。どれも正式な記録として残されていますよ。大河に関しては元々河であった痕跡もいまだ残っていますしね。」
「【白の魔女】サンは健在だしねぇ」
「うっそぉ!!?」


 平然と紡がれた台詞に漸く信じたらしい悲鳴染みた声を上げる。しかしその声には確かに喜色が混じっていて、
 そんな彼女に穏やかで楽しげな眼差しを向けながら、ライラが微笑み「まぁ仕方がないね」と呟く。


「一般的にはただの空想って事にされてるわけだし。」
「それにしたって、裏じゃあ常識だろう。」
「う、裏の話なんてどこで仕入れるかとか知らないもん!」
「阿呆か!冒険者やってりゃ勝手に耳に入ってくるもんだ!!」
「ひ〜んリ〜ダ〜バカ犬がいじめる〜」
「バカは貴様だこの筋肉バカが!!」
「おや、どうやら目的地に到着したようですね。」


 セルビオラの言葉に、
 歩きながらライラに抱きついたアザミィも彼女を「よしよし」と宥めていたライラも牙を剥いて怒鳴っていたウールセルドも、全員が進行方向へ顔を向けた。
 10mほど先だろうか。緩やかな曲線を描く廊下の先に、さして荘厳でも巨大でもないごく一般的な扉が見えて、
 アザミィが、呟く。


「なんかショボい」
「そういうものですよ。開閉時に内に貯められた魔力が逃げないようにという配慮でしょう。」
「それは…まぁ、そーだけどさぁ…」


 もーちょっとこう…と、夢見がちな重剣士はなおもぶつぶつ呟くがその歩みは止めない。ちなみにさりげなく両腕はライラの左腕を抱き抱えている。ともあれ扉の前で立ち止まった一行はリーダーへとその視線を向けた。
 3対の瞳に見つめられ、ライラが微笑む。
 アザミィの腕からすり抜けて、前へ歩み出た彼等彼女のリーダーは扉を3回ノックし、それから鈍い銀色の取っ手に手をかけた。
 

 「お邪魔します」












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