まるで気心の知れた友人の家を訪ねるように。ライラはその扉を開いた。
 アザミィが、見えた室内に目を瞠り短く息を呑む。
 ほう、と、ウールセルドが感嘆の息を吐いた。
 ライラが、無造作に無防備に室内へ足を踏み入れる。
 「リーダー」それを鋭い声で咎める魔導師の声に、ライラは顔半分振り向き微笑んだ。

 円形の造りをしているのだろう少し狭いホールのような部屋。
 その半分を埋め尽くす金貨に宝石。
 けれど、そんなモノは瑣末事だとでもいうかのように、ライラの眼差しはそれらを上滑りしてゆく。
 

「すっっごい、すごいすごいすごい!!」
「これだけあれば当分は暮らしに困らんな。転送の魔法は有効か?」
「今から試すところですよ。…リーダー?」


 セルビオラの呼びかけで、興奮していたアザミィもセルビオラを背中から下ろし人型へと姿を変えたウールセルドも、自分達のリーダーへ眼差しを向けた。
 宝には目もくれず、ライラは壁に手を当て壁沿いに歩いている。


「ライラ?何やってるの?」
「んーちょっと…と、」


 どうやら何か見つけたらしい。横へ滑らせていた手を今度は――まるで溝に沿うように――縦に滑らせるリーダーに、三人は顔を見合わせ駆け寄った。
 ライラが、壁に埋め込まれた小さな水晶を指で撫でる。
 途端、水晶が輝き―――ライラの前の壁が、消えた。

 アザミィが驚きに息を呑み、残る二人がほうと感嘆の息を吐く。
 成る程、隠し扉ですねとセルビオラが斜め後ろで呟くのにライラがうんとおざなりに頷きソコへ踏み入る。
 警戒心のまるで無いその行動に誰かが上げようとした制止の声が


「やぁ、こんにちは。」


 ライラの朗らかな声に飲み込まれた。
 は?と、目を瞠り一同はリーダーへと視線を注ぐ。
 こんなダンジョンの最下層に、挨拶をするような相手がいるものか、と、彼等の正常な脳が判断を下す。
 だというのにライラに塞がれ全貌の見えないその空間から


「こんにちは。」


 返事が、聞こえた。
 びくりと思わず身構え動きを止めた仲間たちに構わず、ライラは室内へと歩みを進める。
 顔を見合わせその後に続いた三人は、室内の様子にまたも驚くこととなった。
 
 壁一面、天井までも塗りたくられた青と黒。丁度左右に別つその対面にコミカルとも不気味とも言える月と太陽の絵が笑っていて、天井からはそれぞれ薄い金属で出来た星と雲が細い糸に吊り下げられている。緩く弧を描く壁には夏、秋、冬の様子が描かれた本物のような窓の絵が書いてあって。
 ふと足元を見れば床は人工の芝生。その上に大小のヌイグルミやら積み木やら小さな家やら木馬やらが散乱している。夏の窓が描いてある傍には彼等からすれば小さいサイズのベッドが一つ。


 まるで…否、まるっきり子供部屋だ。


 呆然と室内を見回していた三人は、「…今回は随分大勢だ。」呟く声にはっとそちらへ顔を向けた。
 プラスチック製だろう2mほどの木に括りつけられているブランコ。そこに、少年が一人座り足をぶらつかせている。
 

「この部屋を見つけたという事は、目的は僕?」
「は…」
「今回は、誰が僕の御主人様(マスター)ですか?」


 何の話しだ。
 理解できずにいる三人は混乱を顕にリーダーへ視線を注ぐ。
 それを見てどう解釈したのか、子供が首を傾け「貴方が御主人様(マスター)?」ライラへと問う。
 それに、ライラは彼の少年の前まで歩み寄り、片膝をついた。


「君がそれを望むのなら、うん、オレはずっと君を探していたから、構わないよ。…オレと契約するかい?<ソロモンの指環>」
「ちょ……ま、てっ!
「たっ?!」


 がすっ ライラに一番近い場所に立っていたウールセルドによる突っ込みという名のチョップがその頭にめり込む。
 常ならば大騒ぎするアザミィも状況理解に頭から湯気を出していてそれどころではないらしい。結構容赦なく入ったチョップに、立てていた膝もついて「うにおおおお」頭を抑えライラが呻いた。混乱のあまり手加減を忘れていたらしいじんじんと痛む手で拳を握り、ウールセルドは「状況を説明せんかっっ!!!」怒鳴る。
 それに、涙目で振り向いたライラが呻いた。


「ウール…ひどい…痛い」
「やかましいっ!!」
「<ソロモンの指環>…今、そうおっしゃいましたね?」


 静かなセルビオラの詰問で緩みかけていた空気が再び引き締まる。キツい眼差しで疑問を投げかけてくる二人のそれを受けたライラが立ち上がり半歩振り向く。
 どういうことですか、と、セルビオラが言葉を紡いだ。


「<ソロモンの指環>……それが本当ならば、何故そんなものの在処を貴方が知っていて、しかもそれを求めているのですか。」
「本人を目の前に“そんなもの”なんて酷いな。」
「…これは失礼。けれどそう言われるほどのモノであることは、ご自分でも理解しておいででしょう?」
「まぁね。」
「あ、あの〜…」


 どんどんと剣呑さを増す会話と空気の中、控えめにけれど無視しがたいほどの音量で差し込まれた声に振り返る。
 一斉に視線を受けたアザミィが中途半端に右手を挙げて引き攣った笑顔で言った。


「その、ソロモン?の、指環って、何?
















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