明らかに白けた空気とじと目にアザミィの精一杯だった笑顔が更に引き攣る。
 だらだらと流れ落ちる脂汗に、少年とライラがふっと笑った。


「アザミィ。さっき、この世界で語り継がれているほとんどの昔話は史実だって言ったの、覚えてる?」
「うん。」
「じゃあ、当然≪12人の子供達≫は知ってるよね?」
「うん!」


 恐らくは国を問わず知られる超有名な昔話だ。何故か12番目から始まるその物語では12章に渡って不思議な名前を持つ12人の子供が紹介されており、1章ごとに不思議な能力を持つ彼等は部族の長になったり飢餓に喘ぐ村々を救ったり一人の男を王へと導いたり悪者を退治して回ったりするのだ。
 この物語に胸を躍らせ冒険者の道を選んだ者は多いだろう。アザミィもその一人なわけで、強く頷く彼女にじゃあとライラが問いを重ねる。


「その話の、一番最初に出てくる子の名前って覚えてる?」
「…へ?え、えっと…」


 ここに来てもまだ繋がりの見えないアザミィは「えっとその」を繰り返しながら石炭を割ったような黒い瞳を泳がせる。それだけ見れば誰にだってわかる…覚えていないらしい、ということぐらい。
 進まない展開にイライラと目を吊り上げてゆくウールセルドとセルビオラに怯え涙目で叫んだ。


「ぶ、ブリューナクとかガイ・ボルガとかヴァジュラは覚えてるんだけどぉ…」
「どれも悪者退治話じゃねぇか」
「確かに、アザミィさんの好きそうなお話ですからねぇ。」
「ううう…」


 あきれ返った声で言われ大きな身体を小さくする。だってそんなの好きな話以外覚えてるわけないじゃん…!この三つだって小さい頃から擦り切れるほどに読んでいたからこそ覚えていたようなものだ。内容だって空で言える。
 「まぁまぁ」と何処か嬉しそうな顔で止めに入ったライラを振り向けば、その後ろで呆れたとでも言いたげな少し拗ねた幼い声が言った。


「僕だよ。」
「へ?」
「<ソロモンの指環>。12人の子供の中で一番最初に産まれたのは、僕だよ。」


 まったく、初代ソロモン王を玉座へ導いたのは誰だと思っているんだか。
 憤慨した様子でやれやれと呟かれた言葉にアザミィが完全に硬直する。
 そういえば、“ソロモン”と言われて真っ先に思い浮かぶのは雄大な自然を誇る召喚術のメッカである大国『ソロモン』だ。
 

「う…っそぉ」
「本当だよ。お姉さんすっごく鈍いね。」
「だ、だってお話の中には王様とか国の名前なんて出てこなかったしっ」
「「名前で気づけ」」
「うぐっ」


 確かにまんま“ソロモン”と使われているのだから普通なら気づきそうなものかもしれない。けれど先程まで御伽噺を御伽噺としか認識していなかったアザミィには酷な突っ込みだ。
 「うえーんリーダー」泣き付くアザミィを抱きとめ
(体格から抱きしめられるのはライラの方だが)ライラがよしよしと慰める。
 それで、と、話しの矛先がライラへと戻った。


「どうしてリーダーは、<ソロモンの指環>が此処に封印されていたことを知っていたのですか。しかもそれを求めていたとは?」


 睨み問う魔導師の口調は厳しく誤魔化しを許すものではなくて。「ひっ」とライラを抱きしめているためその眼差しを正面から見てしまったアザミィが青褪め更に強くライラにしがみつく。
 それに苦笑を浮かべながら、ライラが「知っていたわけじゃないよ」と口を開いた。


「ただもしかしたらと、そう思っただけ。セルビィとウールが資料として候補に上げてくれなかったら、オレは此処を知らないままでいた。画像を見た時だって、絶対だって確信できたわけじゃなかったし。」
「…“金銀財宝か秘宝”。先程言っていた意味は、これですか。」
「あはは、実際は両方だったけどねぇ」


 朗らかに暢気な口調で応えるライラにセルビオラが溜息を吐き出す。
 いつだって、この人は全てを晒しているようで自分の事を何も教えてくれないのだ。それは別にセルビオラ達にとってどうでもいいものなのだと、勝手に決めて。
 尤も、踏み込んだべたべたした関係を嫌いそれを黙認している人狼族の戦士と魔導師には何も言えないことなのだが。


「……探しているモノがあるなら、言え。何も知らされずこうして突然巻き込まれる方の身にもならんか馬鹿が。」
「第一、探索するダンジョンなんかを調べて選出するのは私達の仕事なのですからそういう事は事前に言っていただかないと困ります。」
「ん、ごめんね。」


 いつものように笑うでなく紡がれた謝罪の言葉に「いいですよもう」とため息で返す。「話は済んだのかな?」こてん、と首を傾げ尋ねる少年に全員の視線が集まった。


「うん。待たせてごめんよ」
「構わないさ。待つのには慣れているしね。」
「ははっ。それじゃ、とりあえず君にはオレ達と一緒に来てもらおうかな。何か問題ある?」
「いいや、任せるよ。」


 大人のような表情で笑う<ソロモンの指環>にそう、と笑い返しライラは肯く。さっきからずっと自分を緩く抱きしめているアザミィの腕に収まったまま、彼等彼女等のリーダーは笑った。


「うん、じゃあセルビオラ、転移の魔法の準備お願いね。」












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