「ん? なんだぁ? 今の光」




 都会の人ごみの中、数百人がうごめく十字路形の交差点で、その男は空を見上げ立ち止まった。

「今のは・・・UFOじゃなけりゃ、魔力の塊・・・だったよなぁ?」

 振り返りざまの問いかけに、背後でもう一人の男が相槌をうつ。

「ああ。高濃度の魔力の塊・・・アレだけで下級の吸血鬼なら灰になるな。」
「ひゅ〜、こっわー」

 身をよじる男は、しかし楽しげで、光の消えていった方向を見る瞳は恍惚と濡れている。
 狂気を宿して。
 一方もう一人の男は反対方向――――つまり光が伸びてきた方向をひたと見つめていた。

「方角は――――――――――――南西・・・・か。関西のほうだな。」
「おいおい、ここ、東京だぜ? ちと遠くね? この距離まで魔力が消えずに残ってたってことは、相手さん、相当な魔力の持ち主だぜ?」

 くすんだ青の瞳が獲物を求める猛獣に類似する剣呑なその輝きを増し、その喉が渇きを訴えるかのごとく鳴った。
 軽薄な印象を与える金髪がぬるい風になびく様は美しい悪魔のようで、
 もう一人の男は反対に冷めた眼差しで、けれど興味深げに目を眇めて言った。

「ああ、もしかしたら俺達が探している奴かもな。」

 その言葉に、男は興奮を隠さない口笛を吹いた。

「ひゅ〜、最っ高だな。この三ヶ月間出所のわからなかったバカでかい魔力の源に会えるってわけだ。」
「まだそうと決まったわけではない。だが、どちらにせよ、もしそいつが危険因子であった場合は―――」

 静かに、淡々と男は空に向かって言葉を紡いだ。

「殺す。」
「そうこなくっちゃな」

 二人はそっと微笑んだ。
 まったく同じ容姿で、
 同じ狂気を内に秘めて。












 その光景を前にして、
 桜花は途方に暮れたように立ち尽くしていた。

「さっすがに、まずかったかなぁ・・・?」

 がしがしと、魔力を解除した右手で頭を掻く。
 訓練用にと、コンビニエンスストアから貰い受けたダンボールを重ねた、人の形を模したそれは、
 原形さえも残さずに、
 木っ端微塵に吹き飛んで、
 屋上の地面に霧散していた。
 欠片もあるが、ほとんどはもう塵といっていい状態である。
 魔力でコーティングした右手で殴った結果だったりする。

「片付けんの、は、やっぱあたし、だよねぇ・・・」

 しかしコレが人間相手だったとしたら、一体どうなっていたのか。
 そう考えるとさすがに空恐ろしくなる。

「ま、人に試す前に試しといて正解だった・・・かな?」

 そう思って、考えを切り替える。
 そんなことよりもまず、コレをどう片付けるかだ、問題は。
 箒なんて代物は家には無いし、掃除機を繋ごうにも屋上にコンセントはないし、コードはここまで伸びない。
 放棄――――――という選択肢も残されてはいるのだが、さすがにそれは迷惑だろう。
 風で落ちたら危ない。
 目に入ったら痛そうだし。
 今から百円ショップにでも行って箒と塵取りを買ってくるべきか。延長コードを繋ぎまくって掃除機を屋上まで持ってくるべきか。
 なんて事を本気で検討していた時だった。

 唐突に、
 背筋をつたうような寒気に桜花は全身を強張らせた。














 なに?
 なにか、
 来る。















 その魔力を隠そうともせずに、
 ものすごくありえない速さで、
 それは、迫ってきていた。
 桜花の元へ、

 それを五感以外で感知して、
 桜花は自分の失態に気づき、自暴自棄に笑った。

「あはは、やっば、ちょっとやりすぎたかな?」

 笑いながら、しかしその顔は苦々しげだ。

「―――せっかくこの三ヶ月間。他の魔女達に居場所を探られないように気をつけていたってのに、ね。」

 自分を落ち着けるためにか、一人呟き、桜花は、しかし内側から沸き起こる興奮に、結局笑みを口の端に上らせていた。
 初めて、自分以外の現役魔女に会えるという興奮に――――――自分の知らない、未知との遭遇に抑えきれなかった笑みである。
 だが、邪眼という能力が希少なことは自覚していた。
 希少な能力を有するものというだけで何らかのトラブルは免れないだろうことも、彼女は悟っていた。

 だからこそ、力が身につき、自分の身ぐらいは守れるようになるまで、必死に、他の魔女に探査されないよう、気をつけていたのだ。
 その努力を、おそらく先ほどの一撃で水泡に帰してしまった。
 力がついてきたことに驕っていた証拠だ。

「っだぁ! 過ぎたことをくよくよしてても、相手は待ってちゃくれないわっ」

 自分に気合を入れるよう活をいれ、頭の中で情報を分析し、事態の収束を計算する。
 結果
 誤魔化す。

「よっしゃ、その案採用!」

 まだ存在を悟られるには時期尚早というものだ。
 だって、こんなミスをするほど自分は未熟なのだから。
 そう決めると桜花はとにかく気を鎮め、その額に開いていた第三の瞳を閉じる。
 その上からバンダナをまいて、頭ごと額を被った。
 コレならとにかく邪眼は見えないはずだ。
 本は家の中だし、家族は今日も出かけている。

 一瞬、家の中に逃げようかとも考えたが、コレだけ真っ直ぐこちらに向かってきているのだから、それは無駄だろう。
 屋上のほうが、人に見られる可能性は減るはずだ。

 だったら、慌てていたら不自然ではないだろうか?

 コレは、常人には感知できないモノだ。誤魔化す―――というか、しらばっくれるつもりなら、何にも気づいていないフリをしなくてはならない。
 慌てて、桜花は近くに転がしてあった布団たたきを手にとって、干していた布団をはたきだした。







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