ばくばくと鳴り響く心臓の音を数えながら気を落ち着けて、待つ。 それから五分と経たないうちに気配はすぐ間近で霧散した。 否、放出していた魔力を通常レベルに戻した、という感じだ。けっして無くなったわけではない。 何食わぬ顔で軽く鼻歌なんぞ口遊みながら、桜花は待った。 唐突に、 「やぁ、おじょーちゃん。この辺で怪しい奴見なかった?」 頭上からかけられた言葉に、桜花はびくりと肩を震わせる。 来た 「―――え、え? あれ、いま、声がしたような気がしたんだけど・・・?」 遥か頭上に気配を感じながらも、桜花はすぐに振り仰ぐようなことはせず、きょときょととあたりを見回した。 その反応に、楽しげな笑いが頭上から降って来る。 「あはは、ここ、ここだって、上だよ、うーえ」 「えっ?」 気配が瞬時に背後へと移動したことに気づきながら、桜花はまぬけな声とともに空を振り仰いだ。 もちろん、そこには誰もいない。 「あれ?」 「あはは、こっちこっち♪」 完全にからかっている口調の声に、しかし桜花は驚愕を絵にかいたような顔で背後を振り返った。 そこには、二人。 金糸のような髪を、一方は短く肩にかかるほどにそろえ、もう一方はひざ裏にかかるほど長く伸びたそれを無造作に、一つに束ねている。 くすんだ青い瞳と、暗い、氷のような碧眼。 それ以外は、完全な左右対称(シンメトリー)だった。 大理石のような肌。鋭角な顎筋。肩幅の広さからその身長まで。 服装さえもが同じ、黒のジーパンに、黒のタンクトップ。 一方は軽薄な印象で、もう一方は氷のような静謐さ。 だが、その瞳に宿る色の深くは同じ。 狂気。 正常であることを忘れたかのような、妖じみた輝きをもつ狂気を宿したその瞳に、一瞬、桜花は魅入られた。 だが、すぐに言葉を取り戻すと、喘ぐように呟いた。 「ど、どこから・・・」 そんなことは解かっている。空からだ。 それでも、動揺に瞳を揺らしながら、桜花は呟いたのだ。 「さっきは、たしかにいなかったのに・・・」 ぐらり、と一歩。よろけるように後退し、背後の手すりに背をもたれさせる。 「あは、俺達まほーつかいだからさ。」 満面の笑みで、桜花の反応を楽しむように軽薄そうな方が嘯いた。 「魔法使い?」 それ以外にどう反応していいのか解からないといった様子で、桜花は目を瞬いた。 「そう、魔法使い。驚いた?」 子供がオモチャを自慢するように両手を広げ、しかし一変、獲物を追い詰める爬虫類のような笑みで桜花をねめつける。 「あんたも魔女だろ?」 つむがれた言葉に、 「―――――――はぁ?」 桜花は気の抜けるような返事を返した。 もちろん、本当は内心焦りまくりだし、心臓だってばっくんばっくん鳴っているけれど、 その全てを悟らせない顔で、声で、しぐさで、 「えっと、魔女? 私が? 何かの冗談――――――じゃあ、なさそうですよね。えっと、私、宗教とか、カミサマとか、そういうの興味ないですから、」 すみませんけど、他をあたってくれますか? いけしゃあしゃあと、他人行儀な苦笑を浮かべて―――けれど関わり合いになりたくないと如実に語る瞳で―――桜花は両手を左右に振った。 その態度に男はきょとんと目を瞬くと、次第に現状を理解したのか慌てて顔の前で両手を振った。 「あ、いやいやいや、違う違う、宗教の勧誘とか、そういうんじゃないから。」 嘘付け。 魔法使い――魔女とは、世界の擬人化である女神を崇めるれっきとした宗教だ。 魔女が箒で空を飛行したりするようになったのはキリスト教が自分達より以前に根付いていた魔女という宗教の力を恐れたからだし、それは昔日本でキリシタン狩りがあったのと同じようなカンジだ。 だから、宗教の勧誘じゃないというのは厳密に言えば間違っている。 内心でそんなことを考えながら、けれど顔には明らかに関わり合いにならないようにしようという意思の如実に現れてる笑顔を貼り付けて首を左右に振る。 「あ、ええ、分かってます。でも、私の家って、極々普通の一般家庭だから、お金とかありませんし。」 「ってわかってねぇ?!」 絶望的に叫ぶ男と目を合わせないようにして――これも関わり合いになりたくないという意思の現れだ――桜花はもう一押しだと、言った。 「あの、それにいま両親ともでかけてますし、私の一存でそういうのって決められませんから・・」 「だから違うって!」 困ったように涙目で叫ぶ男。 このままいけば、すんなり追い返せるだろう。 桜花がそう思ったとき 「なにをもたもたしている?」 氷片を散らしたかのようなその声に、 桜花はびくりと、演技さえ忘れて硬直した。 ***************************** TOP NEXT お気に召しましたらポチっと↓ |