同一の外見をした相方のとがめるような言葉に、男は振り返り眉をハの字にまげて情けなく「だってさぁ」と返事を返す。







「翠ぃ、なんかこいつ違うっぽいぜ?」

 翠、と呼ばれた男は、無造作に軽薄そうな男の横を通り、戸惑う桜花と対峙した。

「もしそれが演技だとしたら、大したものだな。」

 いやぁ、それほどでも
 なんて軽口が叩ける状況ではない。

「あの、演技って・・・?」

 躊躇いがちに口を開くが、翠は誘いに乗ってこない。
 すぅ、っと、その左手を前へ―――桜花のほうへ掲げた。

「?」

 首をかしげる桜花の二メートルほど前で、天を向くその手の平の上に青みがかった翠(みどり)の光球が発生する。
 それに、内心息を呑んで。けれど実際には何も見えていないかのように首をかしげた。

「あの・・・?」
「コレでお前を殺す。」

 その宣言に、二人が息を飲む音が空気をふるわせた。

「っちょ、おいおい、こいつ違うっぽいって言ってんじゃん? 殺したらいろいろヤバイだろ」
「そのときはそのときだ。墓代ぐらいは出してやるさ。」

 その冷たい表情からは嘘も冗談も読み取れなくて、
 桜花は頬を伝う冷たい汗に、背筋を粟立たせた。
 その手のひらの上に濃縮された光球が、自分のものとは比べ物にならないほど精錬されていることなど、そこに潜む背筋の凍りつくような魔力の濃度ではっきりと解ったし、それが微かにでも触れれば、自分のやわな身体など、瞬時に消滅することも容易く想像できた。
 それでも、桜花はその光球には視線を合わせず、翠の手のひらと、狂気以外の何も読み取れない綺麗な顔を交互に見比べ、戸惑ったような表情を作った。

「殺すって、一体、なんなんですか? あなたたち。」
「魔女
(ウィッカ)

 短いその単語に、桜花は戸惑いを増し、瞳を揺らす。
 ちなみに、魔女というのは「ウィッチ」の日本語訳がそうだというだけで、「魔法」を使う者に女しかいないというわけではない。
 そして「ウィッカ」というのは、魔女が自らの事を「魔女」であると名乗るときに使う単語だ。
 だから、男である彼らがそう名乗ったってなんら不自然ではないのだ。
 そのぐらいのことは、神秘マニアの桜花も重々承知している。何より、彼らの纏う緻密で膨大な魔力が彼らの言葉を肯定している。
 それらのことを理解していながら、桜花は首を左右に振った。

「魔女・・・って、いるわけないじゃないですか、そんなの。ふざけるのもいいかげんに」
「ふざけているのはどちらだ?」
「え?」

 怒ったように怒鳴ろうとした言葉を冷ややかに遮られ、桜花は言葉を飲み込み硬直する。
 その様子に、翠は観察するような眼差しで桜花をしばらく眺めると、ふっ、と小さく微笑んだ。
 その笑みに、桜花の仮面に亀裂がはしる。

 恐怖。

 睥睨するようなその笑みに、
 狂気を喜びとして受け入れた者のその笑みに、
 桜花は恐怖し、全身を強張らせた。

「隠し通せるとでも思っているのか?」
「―――だから、何を」
「そうだな、俺も、もしかしたら騙されていたかもしれないな」
「だからっ、何をって聞いてんでしょうっ?!」

 恐怖に焦り、桜花は叫ぶ。
 そんな桜花に、翠は優しいとさえ言える眼差しを向けた。
 ―――――優しさは優しさでも、それは、分厚い氷の向こうから差す光のように屈折した優しさであったけれど。

「お前は、他人によく『詰めが甘い』と言われないか?」
「――――――はぁ?」 

 唐突にそんなことをいわれて、桜花は眉根を寄せる。
 確かに、彼女を良く知る者は皆、彼女のことを『しっかりしているようで抜けている』と評価するが、それがどうしたというのか。

 いや、

 桜花は気づく。
 初対面であるこの男が自分のそういった性格に気づいたということは、
 自分が何か、初歩的なミスを犯したということである。
 彼女がそのことに気づいたと同時に、
 翠の右手が、ある一点を指差した。
 警戒しつつも、その指の示す場所に視線を移し――――瞬間、桜花は凍りつく。
 そこには――さきほど桜花が魔力を込めた拳で粉砕したダンボールの欠片が散らばったままで、微かに風に舞っていたりしてて・・・
 音を立てて、桜花の顔から血の気がひいていき、一気に真っ青になる。

「――――――あー・・・・・」

 さすがの桜花も、言い訳が思いつかなかった。
 つか、誤魔化しようが無いだろう、これは。

「・・・確かに、これは普通の方法じゃあムリだよな、うん」

 軽薄そうなほうの男が、他に言葉が見つからないとでも言うように気まずげな呟きをもらした。
 確かに、普通の方法では物質をここまで灰燼に帰すことはまず不可能だ。
 粉砕機にかけたよりもさらに細かく粉砕されたそれは、明らかに魔力を宿した攻撃の結果でしかなかった。
 自分の迂闊さに、笑いさえこみ上げてくる。
 こんな、言い訳のしようもないような重大なミスを晒しながらあれほど盛大に嘘をついていた自分があまりにも滑稽に思えて、

 正直
 どうでもよくなってきた。
 人間、何か大きな失敗をするとかえって根性が座るものである。












「―――ふ、ふ、ふふふ、は、あははははははっ」













 背を弓なりにしならせ、天を仰いで豪快に笑い出した桜花に、男達は気でも触れたかと不審気なまなざしを向ける。
 それを気配で感じて、桜花は笑いながら片手をぶらぶらと振った。

「あっはっはっは、いや、ごめんごめん。あんまりなさけなくて、笑えてきたって言うか、」

 ようやく高ぶっていた精神を落ち着かせ、桜花は肩で息をしながらも愉快気にそう答える。
 その笑みに、演技は無い。
 唐突な豹変ぶりに、軽薄そうな男の方は戸惑ったような顔をしたが、翠の方はいたって冷静だった。

「なるほど、それが本性か―――――――いや、それさえも演技か?」
「さぁ? どうかしら。自分なんて、結局誰にもわからないものでしょう?」

 曖昧な謎かけの様にそう嘯いて、桜花はくすり、と、微笑むと、脅えるように手すりに背を預けていた格好をやめ、背筋を伸ばし、顎をそらすようにして二人の魔女を睨みつけた。 
 




 
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