「さぁ、私が魔女だってわかったのなら、もうそんな物騒なものは必要ないでしょう?さっさと解除しちゃってよ。」
「残念だが、それは出来ない。」





 まったく微塵も残念だなどと思っていなさそうな無表情の棒読みでそう言われ、桜花の額にぴききと青筋が浮かぶ。


「どういう意味よそれ」


 高い声を低くしてじっとりと睨みつき噛み締めるように問いかける。桜花がもともと整った顔立ちをしているだけにいっそう迫力を増している。
 だがしかし、それぐらいで退くほど雑魚でもない。
 翠は貫きそうなその眼光をあっさりと受け流し、変わらぬ口調で続けた。





「貴様が危険因子であるか否か、我々にとって利となるか害となるか―――試させてもらう。」
「はぁっ?!」





 不機嫌を絵に描いたようなその声に、しかし翠は無言で桜花へ向かって、その五メートル程度の距離を歩き出した。
 一歩


「コレが触れれば、現在魔力を隠しているお前は火傷程度ではすまない。助かりたければ、力を使うことだ。」


 また、一歩。
 確実に近づいて来る死の化身に、
 桜花は怒鳴った。


「ちょ、待ちなさいよ! 危険因子ってなに、我々ってどういうことよっ」


 恐怖よりも理不尽な要求に対する怒りの色濃く滲む苛ついたその問いに、


「我々は我々だ。それは秘匿されるべき情報であり、部外者たるお前に教えるわけにはいかない。」


 なんとなく
 本当になんとなく、この男の性格が読めてきて、
 桜花は半眼でその無表情を睨んだ。


「―――ふ〜ん、で、あたしはあなた達についての情報を一切知らないのに、どうやって何を基準にあたしが危険因子だってあんたは判断してるわけ?」


 その質問に、
 翠はぴたりとその歩みを止めしばしあらゆる行動を停止すると、
 きっちり五秒後






「知らん」
『はぁっ?!』






 そのあまりといえばあまりな返答に、
 桜花だけでなく、おそらく相棒であろう男までもがふざけるなといわんばかりに声を揃えて叫んでいた。
 その反応を分析でもするかのように、翠は再び停止すると


「適当だ」
「いや、訂正できてないから、つか、意味一緒でしょ、それ」


 仲間にまでつっこまれて、
 翠は一瞬、本当に一瞬、気まずげに視線を明後日の方向に逸らした。


「つまり何、あたしってば今、あんたの超個人的で適当な見解のために殺されそうになってるってわけ?!」


 冗談じゃないわよ、ふざけてるわけ!?
 その隙を見逃さず、ここぞとばかりに攻め立て叫び、自分の無実(?)を立証しようとする桜花のその抗議の叫びに、
 翠はやはり一瞬、ついと眼を逸らし


「気のせいだ」
「気のせいじゃないし! つか、今思いっきり目逸らしたしっ!」
「細かいことだ、気にするな。」
「あんた、ケンカ売ってんの?!」


 半ば本気で憤怒の怒気を吐き、桜花は苛立しげに後頭部を掻き乱した。
 やっぱりだ。
 やっぱりこいつ天然だった。


「あ〜もう・・・大体、あたしはあなたたち魔女と殺り合うつもりなんてないのよ、むしろ先生になってくれる魔女募集中なの。てかあたし一人で戦争仕掛けても意味も実もないじゃない。というかこっちには接触する意思なかったのに勝手に接触してきたのそっちじゃないの。」


 子供相手に噛み砕いて説明するようなその言に、
 まず頷いたのは軽薄そうな方の男だった。


「うん、ま、正論武装?」
「当然よ。事実だもの。」


 魔女達相手に戦争なんて、そんなくだらない。
 桜花は、その魔女になりたいのだ。
 力を誇示したいわけでも、
 誰かに認めて欲しいわけでもない。
 ただ、魔女になりたいだけなのだ。
 ―――暇つぶしに。


「そういうわけだから、あたしは危険人物でも危険因子でもないのっ! むしろこの状況を鑑見たら、あんたらのほうがっ! 超がつくほどっ! 危険人物でしょっ?」
「待て、我々のどこが危険だと」
「無自覚か!!」


 心底当惑している翠の言を、言葉の途中で桜花が叩き切る。


「そーやって罪も無い一般市民様を殺そうとしてる時点で超危険人物なのよっ一般常識的に!」
「一般市民では」
「ああはいはい、魔女は一般市民じゃないとか言いたいんでしょ、でもあたしはまだ力が使えるだけで魔女じゃないですしどこにも申請も登録もしてないですから。普通に生活してるただの一般市民なのよ。解かったかしら天然君。」


 テンポ良く切り返した桜花の言葉に、翠は目を瞠り、軽薄そうな方の男は二秒ほど遅れてから――――――――――――
 爆笑した。


「っぶはははははははははははははははっ、て、天然くんって、くくっ、いいっ、それサイコー!」
「笑うなっ叶っ」
「あ、そっちの軽薄男君は叶って名前なの。」


 文字通り腹を抱えて笑う軽薄男―――叶、と、言うらしい――――を、顔を真っ赤にして諌めた翠の言葉を拾い、思わずといった体で呟いた桜花の台詞はきっちり二人に聞こえていたようだった。
 なぜなら、その瞬間空気が凍りついたから。


「―――ちょ、ちょっとちょっとお嬢さん? 軽薄男ってなにさ、俺はいたって紳士だぜ?」
「ふん、お似合いの愛称じゃないか。軽薄男。」


 散々笑われた仕返しか、嘲弄の滲む冷笑を浮かべる翠と喚く叶を交互に見て、桜花はきっちり三秒考え


「あぁ、まぁ、両方似たようなものか。」
『どこがだっ!』
「おお、息ぴったり。あなたたちってもしかしなくても双子?」


 まったく同じ容姿の二人に聞いてみると、叶のほうが肯いた。


「そ、もしかしなくても双子だぜ。ちなみに俺のほうが先に出てきたから俺が兄ね。」
「ふん、馬鹿が。双子の場合は後に生まれた方が兄だと常々言っているだろう。」
「ってことは、翠叶の順番で、漢字変換すると酔狂―――すばらしいネーミングセンスね。あなた達のご両親って。」
「考えたのは母親の方なんだぜ」
「酔狂はあの女の方だ。」


 さすが双子というべきか、やりとりがまさに阿吽の呼吸である。
 魔女と兼業でお笑い芸人にでもなればいいのに。と、桜花は密かに思った。


















「ところで、そろそろその物騒なの消してくれない?」
















 突然、だが友好的な笑みで桜花が指差したのはいまだに翠が持っている魔力の光球。


「今の会話であたしが危険人物じゃないって解っていただけたんじゃない?」


 その言葉に二人は一瞬、何を言っているのかと疑問を瞳に過ぎらせ
 だが、次の瞬間には
 翠の瞳が冷たく静かに輝き、
 叶は冷静さの奥に嬉々の混じる瞳で口の端を吊り上げた。

 そう、

 他愛もない会話も、しぐさも、全てが計算されていた―――――そのことに気がついて。
 全ては二人の闖入者から警戒心と敵愾心をそぐため。
 半分は天然のものだろうが、もう半分のところで自分の気質を理解し、利用している。


「だめだ。」


 幾分硬くなった声で、翠が答えた。
 その手のひらの上で、強大な魔力を有した球が光を増す。


「やはり、貴様は油断できない種類の人間らしいからな。」


 先程よりも強くなった警戒心を表すようにまた一歩、間合いをつめられて、


「そう、残念。」


 くすり、と、妖しげな微笑を浮かべ、桜花はその細い肩をすくめた。


「じゃあ」


 続けるように発された言葉に、翠は歩みを止め、叶は興味深げに彼女を見る。


「それで、さっさとあたしのこと攻撃したら?」
「な・・・に?」
「おいおい、」


 微笑を湛え、事も無げに言われたその促す言葉に二人は驚愕する。
 今までの反応から、桜花がこれの威力を侮っているとは考え難い。
 ならば、導き出される答えは一つ。


「試させてあげるわ、翠。」


 今先ほどまでとはがらりとその雰囲気を変えて、桜花は悠然と微笑んだ。


「見たいんでしょう? あたしの力。」


 誘う言葉に、翠は知らず息を呑む。
 圧倒される。
 その、艶やかな笑みに、
 一瞬よぎったのは遥か昔に忘れたはずの感情

 未知なるモノへの――――――――――――恐怖

 それを自覚するよりも速く、
 魔球は翠の手から放たれ、1メートルも離れていない少女の体へ牙を剥いていた。




 
 
********
 TOP NEXT





お気に召しましたらポチっと↓