一瞬だった。
 ただ翠の瞳には、桜花が微笑んで、目を眇めたように見えた。



















 ―――――――っっっっっっっっっっっっぅんっ!



 音にさえならない轟音が耳をかすめ、翠と叶の間を横切り、彼方へ消えた。
 時間が止まったように感じられ、二人はただ少女を見る。
 その少女の前に真っ直ぐ掲げられているのは――――伝説に出てくるミスリルの青を持つ細い楕円の、少女の体を覆い隠す巨大な、盾。
 中心に、縦横を裂く逆十字が描かれている。
 ルビーの赤のそれは明滅し、見るものには毒々しくさえ映った。
 驚愕に凍り付いていた翠が、乾いた喉を、唾を飲み下して無理矢理湿らせ擦れる声で、ようやく言葉を発した。


「―――――いま、何を、した?」
「力を使った。それだけよ。」


 嘲弄とは違う、けれどそれに似通った笑み。
 絶対的に優位であるものが自分より弱いものへと向ける笑み。
 そうそれは――慈愛、という名前の、微笑み。


「あなたが望んだんでしょう? あたしの力を見たいって。」
「っ」
「ひゅぅ〜―――こりゃぁ、予想以上だなぁ、おい」


 言葉を詰まらせる翠の横で、光の速ささえ超越して虚空へ消えていった翠の魔球であったものを見ながら叶が言う。 
 その口調は軽いが、頬を冷たい汗が伝っている。
 そう、桜花は翠の魔球を吸収し、瞬時に数倍の威力にして光線状に打ち出したのだ―――叶は、それを視覚としてではなく、感覚で理解した。
 それは、悠然と笑んでいる桜花の態度が虚勢などではないと悟るには十分すぎる現象だった。


「どうする? 翠。このお嬢ちゃん、一筋縄じゃぁいきそうにないぜ? 今のうちに殺しとくか?」


 あっさりと言うがその声は硬い。
 理解しているのだ。桜花をどうこうしようと思えば、自分達も相応の代償を払わされるということを。



 力は強いが、それを使いこなせていない、力に驕った魔女もどき。 



 正直、翠はそう思っていた。
 だが、力を驕っていたのは自分のほうだった。 
 予想を遥かに超えた魔力。
 力の出現と、力の衝突に、世界のこの場が、かき乱された。

 世界を変える力。
 もしそんなものがあるのなら、まさしく彼女の有する魔力がそれだろう。

 手加減なんてしなかった。
 本気で殺すつもりだった。
 事後処理が面倒だからと、塵も残さないつもりだった。

 なのに、
 その一撃を、ああも容易く防がれた。
 なにが起こったのかさえ、解らなかった。


「貴様は――――何者、なんだ・・・?」


 驚愕に揺らぐ瞳を真っ直ぐ受けて、
 桜花は答えた。





「寿 桜花。」




 出現した盾を、具象したのと同じように予備動作もなしで消し去り、桜花は言う。


「普通じゃないけど、ごくごくありふれた女子高校生よ。」


 それが真実であるとでも言うように、
 まるでそのことを誇るかのように。





 
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