「――――……そうか」









 桜花の答えに、ようやく冷静さを取り戻した翠がその瞳を敵意と殺意と使命感に、剣呑に輝かせる。


「どうやら、貴様にはこの場で死んでもらったほうがよさそうだ―――貴様は、後々魔女界に災いと動乱を呼び込む存在になりうる。」
「偏見にもほどがあるわね、女の子にモテないわよ?」


 揶揄するように嘯いた桜花のその余裕はいったいどこから来るものなのか、
 戦闘能力で、自分は一般市民だとのたまう桜花が男魔女二人に敵うとも思えない。
 魔法無しの接近戦に持ち込まれる可能性だってあるのだ。
 それなのに、桜花は心底楽しげなその笑みを崩しはしなかった。


「――勝てるとでも、思っているのか?」


 正体不明の重圧
(プレッシャー)に、翠が静謐で研ぎ澄まされた殺意の刃を眼光に光らせて言った。
 それに、
 桜花はにっこりと、満面の笑みで答えた。


「あら、勝ちもしないし、負けもしないわよ? あたしは」
「?――――どういう意味だ」
「だってあたし、戦わないもの。」


 いっそ爽やかに言い切られて、
 戦闘体制をとっていた翠は驚愕した。


「な―――に?」
「あれ、翠ってばめずらしく追い詰められてる? さっきからこのお嬢ちゃん一瞬も殺気放ってないぜ? 気づかなかったのか?」


 驚いた。と相棒に言われて、翠はあからさまに困惑する。 
 一瞬も、殺意を抱いていない?
 言われて思い返してみればなるほど、確かに一度も、桜花から殺気を感じてはいなかった。
 翠が魔球を放ったときですら、彼女は悠然と、それを受け流していたではないか。
 そのことに気がついて、さらに翠は困惑する。


「貴様は、敵ではないのか?」


 完全に桜花を排除するべき敵と判断していたその翠の言葉に、
 桜花は盛大なため息をついた。


「っっはぁぁあああ・・・もう、だぁかぁらぁ! さっきから言ってるでしょ?! あたしは、あなた達と、悶着起こす気なんて、これっぽっちも蟻の触角ほども無いって。ちょっとは聞きなさいよね人の話。」


 諭すようにそう言われ、翠は『うっ』と言葉に詰まる。


「はぁ、ったくもう。そんなに信用できないんなら、あなた達あたしのこと見張る?」


 あっさり言われて、反応したのは傍観を決め込んでいる叶だった。


「なになに、見張るって、どういう意味?」


 その楽しげな―――そう例えるなら悪戯に誘われている悪ガキの様な叶の問いに、
 にぃっと、桜花は口の端を持ち上げた。


「あたしをあなたたちの懐に入れてしまえばいいって言っているのよ。そのかわり、あたしに力の使い方を教えて。」


 興奮にその瞳を爛々と輝かせて、挑むように高圧的に放たれたその言葉は断られることなど微塵も危惧していないような自信に満ちていて、その笑みはそう譬えるなら、しなやかで獰猛でけれど神秘に満ちた優美な獣のようで。

 少女が浮かべるには不似合いな
 けれど魔女が浮かべるにはひどく似合っている。

 そんな笑み。
 そんな瞳。

 寒気のするような、
 けれど魅入られてしまうその存在に、
 二人の魔女は言葉を失くした。

 ああ、彼女は天性の魔女なのだと
 自然に思ってしまうようなその雰囲気。

 怖気のたつほど美しい魔力を纏って微笑む彼女は
 まさしく魔女。

 驚嘆のみに染まっていたその表情に、徐々に浮かび上がってきたのは歓喜。
 見たからだ。
 天性の魔女のその瞳の中に、
 確かにある







 狂気を。








 それは自らの内包しているのと同じモノ。
 他の感情と等しく受け入れ存在しているモノ。
 理屈などではない。本能で二人の魔女は感じていた。
 彼女は――――桜花は


 仲間だ。と、


 同じ狂気を飼いならした者。なのだと。
 二人の口の端に、同時に薄く微笑が浮かぶ。 
 その瞳に躍る歓喜は新たな同胞の出現を喜んでか、
 それとも、同じ狂気を宿した同類への喜色か。


「―――いいだろう」


 同じく高圧的な、けれど青青と燃える焔を思わせる興奮を内包して、
 翠がその左手を桜花へと差し出した。


「ただし、貴様がこの手を取った瞬間から、この先死ぬまで続くはずだった日常は夢に消えるぞ?」


 答えをわかっていながら試すような物言いに、桜花はその瞳を眇めた。


「上等よ。」


 迷いも躊躇いも未練も、欠片ほども含まれていないその答えに、
 その様子を黙って見ていた叶が吹き出した。


「っぷ、ははっ、最っ高だね、お嬢ちゃん。」


 嬉々と笑って、その右手を差し出した。


「来いよ。棄てちまえ、そんな重いだけの邪魔なモン。」


 ああ、そう言い切る彼らは最早日常と決別した存在なのだと、
 彼らこそが異端の象徴のように思えて桜花は彼らを見た。
 遠くに聞こえる車の音や貨物列車の走る音を掻き消す風の中で手をさしのべる彼らの浮かべるその笑みは共犯者への誘い。
 見つめる少女の視線を受けて、二人の魔女は口を開いた。









『ようこそ、別面世界(アストラル・プレイン)へ』










 紡がれたその、普遍との別れを揶揄する言葉に、
 桜花は満足げに微笑み、右手で翠の腕を、左手で叶の腕を取った。


「歓迎なさい、新たな魔女の出現を。世界である女神の腕の中で。」


 くすくすと、悪戯な笑みを浮かべて紡がれた言葉は世界の擬人化である女神への賛歌。
 言霊の力があるのなら
 桜花は確かにこの瞬間


 魔女になった。
 
 




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