二人の間でくすくすと微笑する新たな魔女に、 二人の魔女はその頭上で顔を見合わせてにやりと笑んだ。 「さって、新たな同胞を 「まずは登録―――いや、ボスへの紹介が先決か。」 「えー俺あの人苦手なんですけど」 「通過儀礼だ。我慢しろ。」 頭上で交わされる会話に桜花は疑問符を浮かべる。 「魔法協会?」 「あれ、知らないの?」 「魔力保持者をまとめる世界規模の組織のことだ。本来魔女になるには言霊で自分が魔女であると言うだけでいいのだが」 「それだと管理が大変だしキリスト教とかの弾圧とかで無駄に殺されちゃうからってことでできた一大組織なわけ。各国のお偉いさんがたとも繋がりがあって、初級魔女はまずここに登録してギルドから仕事をもらって技術を磨いたり魔女界について学んだりするってわけ。」 「なるほどぉ」 「ボスは協会の総司令――――いわば一番の権力者だ」 「へえ、トップってわけ。それはすごいわねぇ」 茶化す桜花の台詞に、 二人の魔女は違和感を感じて、再び顔を見合わせた。 「ひとつ聞きたいのだが、桜花。」 「ん?」 翠の改まった態度に、桜花はくすくす笑いを引っ込める。 「なに?」 「お前は、本当に魔法協会を知らないのか?」 「全然まったく。」 ためらいも無く即答されて、翠は不審気に、叶は訝し気に、それぞれ眉根を寄せたり、片眉を跳ね上げた。 「まったくって……それでどうやって魔法を覚えたわけ?」 今度は叶に問われて、桜花は迷い無く答えた。 「どうやってって……本読んで。」 『本?』 二人の声が重なる。 「そう、本。」 「何て本だ?」 問われて、「聖魔女術ってタイトルの本だけど……?」答えれば、三度二人は顔を見合わせた。 「聖魔女術って……教科書じゃねぇか、初級魔女の。」 「それをどこで手に入れた?」 詰問されて、わけがわからないまま答える。 「どこって、普通の本屋で、参考書買いに行ったらあったわよ?」 桜花のそれがどうしたのと言いたげなその言葉に、 二人の魔女は絶句した。 「・・・?」 何か、まずいことでも言ったのかな? 『吃驚した』と顔に張り付いている二人の魔女を覗き込んで、桜花は、そういえばと思う。 そういえば、いままで表の――日常として暮らしてきたこの世界で、魔法などという存在は知覚されていなかった。 魔法など夢物語の話だったし、魔女なんて箒で空を飛んでるのが絵本に載ってたり、そんなんだ。 それはつまり、魔法と言う―――魔女という存在が、隠されていたということではないだろうか? 「……!」 そのことに思い至ってしまえば二人の驚いている理由を想像するのは容易いことだった。 むしろ、どうして今までこんな根本的なことに気がつかなかったのだろうと思うほど、それは単純であたりまえのこと。 魔女の存在が、魔法という技術の存在が隠蔽されているというのなら、 ――その技術を伝える書物が、どうして表のルートで入手しえたのか? 十億人に一人が保有する『邪眼』の能力を保有する桜花の元に まるで 図ったかのように。 (そうだ……) 本屋で発注をたのんでも ネットで検索しても 見つからなかったではないか。 この本 この 魔道書は。 「あ……」 気づいて桜花は自分の体温が一気に下がるのを感じた。 そうこれではまるで あの本を見つけたのが偶然ではなく 必然のようではないか? 誰かが桜花の行動の先を読んで、 あの本を置いたかのようではないか? もしそうならこの三ヶ月間、その『誰か』にずっと見られていたかもしれない。 否 今、この瞬間にでも――― 「――――ッッ」 考えた瞬間よぎった寒気に桜花は自身を抱きしめた。 恐る恐る、思案顔の二人を見る。 「まさか、今ギルドでは敵対組織だの内部分裂だのでゴタゴタがあって、あたしがすでにそれに巻き込まれてる可能性なんてのは……無い……わよね?」 否定してほしかった。 笑い飛ばしてほしかった。 自分の意思など関係なく、激流の中に身を投じていたなど信じたくなかった。 だってそんな面倒くさい。 だが 二人の魔女は一瞬。 桜花の台詞を聞いて、 一瞬 ――――ギクリとその身を竦ませやがった。 「……………………」 予想が確信に変わっても、桜花は二人を睨み続けた。 最後の可能性に、ほんの小さな可能性に、できればすがっていたかった。 だってそんな面倒くさい。 やがて、 ようやく二人は沈黙を捨てた。 「……あー……言い難いんだけどな…その…………翠、お前言えよ。」 「っな、っ、……あー、非常に申し訳ないのだが……」 「―――――もういい。解ったから。予想的中だったんでしょ?」 二人の嫌になるほど判りやすい反応に、桜花は理解の放棄を諦めた。 そう、あれだ、現実から目を背けていてもしょうがない。 諦めて、二人の魔女を改めて見る。 二人の、隠そうともしない魔力は特上のものだと、魔力の知識に触れてまだ三ヶ月そこらの桜花にもわかる。 それほどに二人は自然に、磨き上げられ、不純物の取り除かれた完璧に近い魔力を安定した様子で身にまとっていた。 今の彼らに、いかなる武器をもってしても傷をつけることは不可能だろう。 常に纏った魔力の鎧は物質による干渉から常に術者を護っている。 つまり、彼らは先ほど桜花が拳を魔力で覆っていた状態を、常に全身で保っているのだ。 それを自然体で行っていると言うことは、彼らが相当の実力者だということを窺わせるに十分な現象だった。 「……」 数秒、桜花は考える。 責任転嫁という言葉が一瞬浮上するが、やはり自分の身のほうが可愛いので再び沈めた。沈めてきっちり蓋をする。 「よし、あんた達あたしの護衛ね。」 『は?!』 「ついでに教師もやってね。どうせあたしのこと見張るんでしょ?ならいいじゃない決定ね。」 「ちょ、ちょっとまてよ!」 「え?なんで?」 「なんでって……」 キョトンと、その要望の無茶さ加減に気づいていないのか、いっそ無邪気に問い返されて叶は言葉に詰まった。 護衛をする――――というのは、まぁいいだろう。いや、よくないが。 しかしその有する魔力とバトル・センスは、実は桜花の方が上だったりする。それで護衛もなにもないではないか。 そのことに、桜花自身が気づいていないのだと気づいて二人の魔女は四度顔を見合わせた。 が、お構い無しに桜花は話を進めていく。 「大体あたしのことをそんな騒動に巻き込んだんだから、責任ぐらい取ってくれても良いんじゃない?」 「……それは俺たちの取るべき責任か……?」 「――――ま、何にせよ、ボスに紹介しないことには始まらないかぁ」 「確かに、それもそうだな。」 「で、どうやって行くの?」 『瞬間移動とか?』と目を輝かせる桜花に苦笑し、叶が取り出したのは―――携帯電話。 「……まさか電話して迎えに来て貰う――ってオチ?」 「まさか。」 静かに目元だけで笑って、翠は桜花の腕を引いて5歩ほど後ろに下がった。 「ま、見ててよ」 悪戯に笑って叶が言い、 するすると器用にケータイストラップをはずした。 凝った銀細工の、観音開きの扉のストラップ。 携帯電話はそのまま尻ポケットに仕舞われる。 「ってことは、そっちが移動手段(テレポーター)?」 「そういうこと。」 にやりと笑って、 それを地面に置く。 「巻き込まれないようにちゃんとお姫様をお守りしろよ騎士様!」 「さっさとやれ」 茶化されて冷淡に返しつつも桜花をきちんと背後に隠す翠はやっぱり実はお人よしなんじゃないかと桜花は思ったが口にはせず、背後でこっそり笑うだけに留めた。 その笑みには「お姫様と騎士」などというひどく乙女チックな発想を見せてくれた叶を微笑ましく思う気持ちも含まれている。 ああ、 桜花は思う。 最初に会った魔女が彼らでよかった。と。 魔女との接触を少なからず恐れていた桜花はそう思える自分に今度は笑う。 「? 何を笑っている」 「べっつにぃ」 「ちょっとちょっと、ちゃんと見ててよ!?俺の勇姿!」 「大袈裟過ぎだ。」 「ちゃんと見てるって」 「ほんと〜?」 「さっさとやれ」 「へいへい」 笑う。 あれほどの、これほどの狂気を宿していながら子供のような無邪気さで会話をするこの二人の魔女を。 「ほんじゃま、まじめにやらせて頂きますか」 翠ってば怒るとしつこいし〜♪ 叶の歌うような言葉に小指の爪の先ほどの、欠片程度の殺傷力も持ち合わせていない魔力球を高速でぶつけて翠が重低音で言った。 「さ・っ・さ・と・や・れ」 「……ふわ〜い」 流石に命の危険を感じたらしい叶は、それでもふざけた様子でうなずくと、地面に立てたその扉のストラップから三歩ほど、桜花たちから見て右方向に大きく下がった。 その手には、同じ携帯電話に吊るされていた三pほどの、金属の棒が握られている。 それが一振りで二十五pほどに伸びた。 先端に飾られた深紅の宝玉が妖しく発光する。 叶の瞳に狂気が濃く躍る。 「扉よ!」 呼びかける。 古馴染みの名を叫ぶように。 「冴え渡る月の輝き秘めたる異界の門よ! 魔性の光を百夜浴び、時と空間の魔力を得し魔女たちの相棒よ! 真実の姿を曝け出し、脆弱な足しか持たぬ哀れな俺達に道を繋げろ! 決して道を間違うな、 違えば月の光など二度とは差さぬ海底深くにその身を沈め、ただ永劫を闇の中彷徨う事になるだろうよ。 決して繋げる道を違えるな 裏切りも気まぐれも勘弁してくれよ? さぁ繋げ 俺達の世界 魔女達の古巣へ!」 掲げた宝玉の光が爆発する。 一瞬で赤に染めつくされる世界 その中心で 狂気に耐え切れず 笑む口元。 扉が 開く。 赤が白に反転する。 甲高く啼く銀の扉 人の耳が感知する限界の、ギリギリ境界線上の音。 それはまるで悪魔の歓喜の叫びのようだと、 桜花はそう思った。 ******** TOP NEXT お気に召しましたらポチっと↓ |