「行くぞ」
 声と同時に右腕を掴まれ、そのまま引っ張られ足の裏が地面の感覚を見失う。







「え、ちょっ」


 制止の言葉を飲み込んで、
 不可視の世界へ落下する。


「ひわわっ」
「黙っていろ」
「舌噛むよん」


 ―――って、言われてもっ
 心臓を掬い上げるような浮遊感に、腕をつかむ腕にしがみつく。
 絶叫マシン系は結構好きだけど、予告無しでなんて反則、ルール違反!
 内心で叫びながら、体を二つに引き裂くような衝撃に奥歯を噛み締める。
 次いで、引き千切られるような感覚が全身を襲った。
 魂と体を無理矢理分離するような、
 意識が飛びそうな激痛を伴う不快感。


「しがみついてろ!」
「っ」
「あ、俺も俺も」


 腕を強く引っ張られ、暖かいものに前後から抱きしめられる。
 ってどこ触ってんのよどさくさにまぎれてッ!
 突き飛ばしてやろうか否かを一瞬本気で思案した瞬間
 重力が戻った。





「―――――――へ?」





 どっすんッ
 落下


「いったぁ、ッ、重い!」


 桜花は思わず素に戻って不可抗力ではあるのだろうが上に落ちてきた叶を蹴落とし、下敷きになっている翠の上から降りると辺りを見回した。


「…?」


 広い空間
 無機質な白い壁
 大理石らしき床――――に、描かれた無数の模様。
 そして―――


「S―247051ポーターより”クレイジーボーイズ”帰還――っと、おいおいどこから攫ってきたんだその嬢ちゃんは。え?色男共」


 呆れたような声に右手を振り返ってみれば、褐色の肌の美女がボードに何かを書き込みながら紫色の口紅を引いた唇で微笑んだ。


「一般人の入場は一応禁じられてるんだがそれぐらいはテメェ等の小っせぇお頭にも理解できんだろ伸びてねぇでささっと報告しろボケカス」
「……ミーラ…相変わらずの毒舌だな。」
「ありがとう”クールボーイ”。とっとと状況説明しな」
「あぁミーラ=ミューノ。二週間ぶりだね彼氏とはその後どう?」
「お蔭様で別れたよ”ノイズボーイ”。あんの根性無しの洟垂れ小僧が泣いて頼むからね。ったく体目的なの見え見えだっつの。はんっ、ムカツクから実験体にしてやったよ。いまごろアマゾン辺りかねぇ」
「それはなにより。それじゃあ次は俺と付き合わな〜い?」
「そうだね、今度はアトランティスにでもポーターを繋げてみるか。あんたなら海中でも死にそうにないし。」
「君のためなら月の裏側にだって行ってみせるよ」
「それも面白そうだけどまずは状況説明だよ。ほらとっとと説明しな。」


 小気味良いやりとりに思わず呆然と見入っていた桜花は、ミーラと呼ばれた美女がこちらを見たので我に返った。
 ミーラはにっこりと微笑んで


「大丈夫だよお嬢ちゃん。もしこいつらに何かされたんだったり合意で無いのにここに連れてこられたりしたんだったらちゃぁぁんとこのクズ共を拷問部屋にぶち込んであげるから。」
「あら、それはご丁寧に。」


 言われた空恐ろしい台詞に桜花もその名に相応しい花の咲くような微笑を浮かべ返す。
 その横で、立ち上がり埃を払った翠が淡々と言葉を紡いだ。


「その必要は無い。日本の関西地区にて膨大な魔力を保有する魔女見習いを一人発見し、保護してきただけだ。」


 告げられた説明に、ミーラの魅惑的な翡翠色の瞳がゆっくりと瞠られる。
 「まさか、」と、その唇が驚愕を口にする。


「三ヶ月前に観測された異常な魔力波の持ち主は、このお嬢ちゃんかい?」
「それはまだ解って無いんだミーラ。でもこれからボスの所に彼女を案内するからすぐにわかると思うよ」


 ―――だから、情報を伝えるのは君じゃなくてボスが先なんだ。
 言葉にしなかった言葉を汲み取って、ミーラはふぅむと顎に手を添える。


「なるほどね…OK、諸々の報告はその後でいいよ。書類にまとめて提出しておくれ。ほらさっさと行きな。」
「了解した。」
「また今度一緒にお茶しようね♪」
「トリカブト入りでよければな。」
「つれない君も素敵だぁ」


 へらへらと軽薄な笑みを浮かべて、歌うように紡がれた呆れる台詞にきょんと一度目を瞬いた桜花は感心したように呟いた。


「…真性の軽薄軟派男だったのね、叶って。」
「あぁ、昔は何度殺そうとしたことか…今では慣れたが。」
「…ふ〜ん」


 まぁ、確かに同じ顔のヤツに横でへらへら女ナンパされたら殺したくもなるわよねぇ
 などと納得しつつ、桜花は翠の後をついて大理石の部屋を出たのだった。
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