どうぞ、と、内側から扉が開かれた。










「…うわぁ。」


 失礼します、と翠たちが言うのに習いそう言葉を紡ごうと口を開いた筈の桜花は、しかし硬直しそれ以外の言葉を発せ無かった。前と後ろで慌てて翠と叶がそんな桜花の口を塞ぐのに、漸くしまったと内心焦るが遅い。
 逸らせない視線の先、ソレは言う。


「どうかなされましたかな?」
「ぐ、ふぐぐ」
「いえ、何もありませんまったく問題はありません。」
「そう!別に何でもないよネー桜花ちゃん!」


 こくこくこくこく、と口を二重に塞がれたまま必死で頷く。私としたことがなんて失敗を。いやでもこれは仕方ないじゃ、などと内心で呟き漸く口を開放され息を吐きながら「そうですか」と頷くソレに恐々と、しかし出来る限り完璧なお辞儀をしてみせる。
 そんな桜花に、ソレは微笑んだ。


「畏まらなくても構いませんよ。あなたが、そこの二人が保護したという魔力保持者の方ですね?」
「はい。…寿、桜花と申します。」
「オウカ、素敵な名前だ。名前は魔力を持っている。大切にするといい。」
「はい…。」


 応じながらもソレから目は逸らせない。
 ソレは椅子から立ち上がり、机を迂回してその前に立つと、簡単な、それ故に優美さの際立つ動作でお辞儀した。


「初めましてオウカ。私がこの魔法協会(ウィザーズギルド)の総取締役――皆からは“BOSS”と呼ばれている者です。新たな同胞との出会いを、そしてあなたという新たな魔女の誕生を、心より歓迎しますよ。」
「ありがとう…ございます。」


 得意の猫を被っていられない。さらさらと、ソレが動く度に軽やかで神秘的な衣擦れの音が広いはずの室内を満たす。
 「人…あのヒトが人ねぇ…」先ほどの、叶の言葉が耳に蘇る。
 確かに、コレを人と称する事に酷く抵抗を覚えた。もっとも、ならば何だと問われても答えに窮するのだが。
 神が人間の姿でそこに立っているのだと言われたほうがよほど納得できる。
 ソレは、そんな存在だった。

 金をそのまま織ったかのような巻き毛に閉じられた双眸。特徴が存在しないが故に完璧な美を誇る造型の顔。目元に3枚ずつ程浮かぶ瑠璃色の鱗。
 身を包む何時代だと突っ込みたくなるようなたっぷりとした布を幾重にも使った、そう、かつてのイギリスの貴族か王族が着ていたような衣装に更に布を足したような。完全に実用性を殺された芸術品のようなその衣装よりも、目を、惹くのは、




 額に開かれた、第三の瞳。




 深緋色のそれから、桜花は視線を外せない。
 そんな彼女に、「どうかなされましたか?」とボスはヴァイオリンを思わせるその声で楽しげに問いかける。


「いえ、その…」
「この瞳が珍しいですか?」
「そんな、」
「そんな筈がありませんよね?――若き同志。」


 びくり、と肩が震える。
 真っ直ぐ自分を見つめる第三の瞳に、そしてその言葉に、微笑に、目を瞠り、

 桜花は、
 微笑んだ。

 十億分の一の確率を発症させ、全ての魔女達の頂点に立つその存在に、
 底を見せぬ王の微笑を浮かべるその、存在に。
 口を、開く。


「識っておいでなのですね。」
「同じ力を有するもの同士は自然とわかってしまうものなのですよ。桜花、修練を積み、この世界に馴染んだ頃にはあなたにも理解できるでしょう。―――この、歓喜が。」
「あぁ……私は、それを知りたくないと思います。」


 吐息のようにして出た言葉。
 十億分の一。
 実感できないその数値が表しているのは、
 孤独。


「構いませんよ。それが人なのですから。その心を大切にするといい。」
「はい。」


 微笑む。
 一つの瞳と一対の瞳で。
 歩み寄った男の手が伸ばされ、
 女の額を覆う布を取った。


「「っ」」


 息を呑む二つの気配。
 会話から察してはいたのだろう、けれど、それでもその瞳に映る驚愕は決して小さくない。
 ゆっくりと、静かに、厳かに、昇る朝日のように、
 少女の第三の瞳が、開かれた。
 深緋色と金色の瞳が、視線を交わす。




「もう一度言おう。歓迎するよ、幼き同志。」
「―――ありがとうございます。」




 驚愕と畏怖にその目を瞠る二人の前で二人の邪眼保持者は、
 ただ静かに、微笑み合ったのだった。
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