人通りの無い雑木林。緑の色の濃い木々のアーケードの下に立っていた俺は、誘われるように木漏れ日をさしてくる空を見上げた。 ――――――空が、青ければよかったのに。 俺は水彩絵の具をさっとひいたような薄い水色を見て、唐突に、声には出さずに呟いた。 宇宙を映したかのように真っ青な空の蒼は、光華の好きな色だった。 『なんだか、何もかも吸い込まれて混ざっちゃいそうじゃない?』 そう嘯いて、彼女は天に両手を伸ばして無邪気に笑った。 思い出した彼女の笑顔をまぶたの裏に閉じ込めるように、俺は軽く目を閉じる。 光華は、いまの俺を見たら、何と言うだろうか―――――――――――― 考えながら、俺は右に跳躍した。 「オラオラッ! よそ見してンじゃねえよザコッ」 罵声に開いた視界に、下品な金髪男の放った真空刃が俺のいた地面を抉り取り、名前も知らない木に醜い傷跡をつけるのが映った。 彼も、至高の魔王候補者と契約した者の一人だ。 魔王――――邪悪なる者者の支配者。 数え上げることも困難なほどの神話や民話であふれかえったこの世界で、最たる魔王を決める最上最悪の戦い(ゲーム)――『闇の定め』 各世界の魔王あるいは魔王を望む魔物たちの考えた暇つぶしをかねた命がけのゲームで、どうやら参加は自由らしい。 「どうしたっ! 反撃してこねぇのかぁ?」 木々を盾に空気の凝結した刃を避け続ける俺に嘲笑を浴びせながら、獲物を駆る愉悦にその顔を醜くゆがめて、今日会ったばかりの友好関係も無いその男は考えなしに刃を放ち続ける。 愚かな契約者に、しかしあちらの魔王は何の警告も発する様子はない。おそらくは、知能の低い魔王なのだろう。 契約者――『闇の定め』において、魔王は人間界でコントローラーとなる人間を選び、自らの選んだその人間と契約を交わして半身とならなければならない――――それがこのゲームの参加条件だからだ。 ゲーム参加者を『魔王』と呼ぶのに対して魔王候補者に見初められ、契約を交わした人間を『契約者』と呼び、その人間は『魔王』からさまざまな恩恵を授かることになる。 驚異的な治癒力。身体能力の上昇。第三の瞳。―――そして各種の異能力。 魔王の持つ力に関係した能力を得て、契約者達は殺しあう。 自らの契約した魔王を、至高の存在にするために。 純粋に殺戮を楽しむために そして、自らの望みを叶えんがために。 自らの契約した魔王が至高の者の座を得たとき、契約により、その人間は魔王の叶えうるあらゆる望みの中から一つ。願いを叶えてもらえるのだ。 永遠の命を 無限の財を 王者の冠を あらゆる名声を、 求めて欲深き人間達は殺しあう。 『闇の定め』 「どーしたぁ、俺様が怖くてちびってんのか?!」 ちんけな挑発に、 「阿保か」 俺はぼそりと、ため息混じりに呟いた。 「ンだとぉっ!?」 風使いだから空気を震わす音は全て聞き取れるのか、単に地獄耳なのか、男は怒鳴り返して、後退した俺の後を追って地を踏んだ。 「迂闊なんだよ」 再び、ため息とともに呟いて、俺は男のいるところに重力場を発生させ、その脚を封じた。 唐突に十倍近くの重力を押し付けられて男は片膝をつくが、馬鹿にするようににやりと哂って立ち上がる。 「なんだぁ? この程度で俺様の動きを封じたつもりかよ。」 「まさか」 答えた声が合図であったかのように、男の周りの木々が猛然と突然発生した重力場へいっせいに倒れこんだ。 その十本あまりの木全てに、男の真空刃が刻んだ爪あとが半ば以上までえぐれ込んでいる―――知らずにこの男は俺の仕掛け作りに貢献してくれたと言うわけだ。切れ目の入れられた木々たちは、抵抗らしい抵抗もせず獲物を押しつぶさんと男に迫った。 しかし、男はにやりと品のない―――当人はかっこいいとか思ってんだろうなぁ―――笑みを浮かべ、風を足元に凝縮して上空へと飛び上がった。 「はっはぁ! この程度で」 「ばぁか」 真上に逃げた男が空中で喚くのをさえぎって、俺は十分に力を溜めたエネルギーを解放するべく、男に照準を合わせた。 「へ?」 俺が逃げ道を一箇所に絞って必殺の一撃を的にあてやすくするそのためだけに罠を仕掛けたのだという簡単な事実にも気づかずに、男は五百倍の重力を内奏する球に飲み込まれ、血や肉片や脳漿を撒き散らしながらこの世から消滅した。 同時に、第三の瞳に映る風の魔王の一柱は、契約者の戦闘による死亡で本来あるべき世界へ戻ろうとし――― 《待てよ》 漆黒の翼に遮られた。 勝利した人間は、敗北した人間をどうしてもかまわない。 勝利した魔王は、敗北した魔王をどうしてもかまわない。 ルシフェルに教わった『闇の定め』のルールの一つだ。 そして、敗北した大抵の魔王は 《お前のその力、喰らうぜ》 その存在ごと、その力を摂取―――吸収され、勝利した魔王の一部となる。 もちろんこの魔王も、例外ではなかった。 どういう理屈かは知らないが、純粋な魔力として還元され、黒い霧のような姿にされたその魔王は、獰猛な笑みを浮かべるルシフェルの口から、人間が滝を受けながらその水を飲むようにして吸収された。 この様を見るたびに、俺はコイツが―――――ルシフェルは魔王なのだと思い出す。 どこか光華を思い出させるこの男は――――――魔王なのだと、 |