信じていた。
 愛していた。
 何よりも何よりも
 想っていた
 大切に。




                
    08.  










 ――甘えていたのだろうか
 過信していたのだろうか
 妄信していたのだろうか
 彼等は決して僕を裏切らないと。
 彼等は決して僕を傷つけないと。

 


 彼等も、
 同じように、想ってくれているのだろう。
 なんて。




 引き裂かれた幸せは朽ちた花嫁
 突きつけられた不条理は堕とされた子供たち

     化け物の烙印     不幸の引き金
        壊された情愛    生まれた悪意
 廻る  風車                  回る 歯車

 大切な者達により剥奪された幸福な日々
 約束された幸せは     定められた破滅へ摩り替えられ
 築かれた絆は       紡がれた殺意へと成り果てる。


        引き金を引いたのは誰?
        その道を決めたのは誰?
         ――悪は、どっち?

 奪われた者を取り戻す術など無く、
 神である彼等を裁く術も無く、
 故にただ黙して彼等の言を聞くしかできない。

 ――これで平和は保たれる――

 ただ、静かに
 愛する人と 子供たちと
 ただ、ひっそりと
 神として得た力も地位も失くして構わないから、

 ただ  幸せに
 暮らし 生きて 死にたかった。


 何故、姿かたちが違うというだけで
 まだ、起きてもいない予言に怯えて
 罪無き者を奪うのだ。

 その権利が自分達にはあると、
 その行為が正義であると、
 どうして言い切ることができるのか。


 お前達は知っているのか
 あの子達がどれほど優しく笑うか。
 お前達は見たのか
 あの子達がどれほど懸命に生きていたか。
 お前達は確かめたのか
 本当にあの子達が、世界を滅ぼそうなどと考えていたのかどうか。
 あの、この世界を美しいと言った子達が、
 そんな愚かしい考えに身を任せるなどと、本気で思ったのか。


 お前達は     何も 知ろうともせず
 ただ奪ったのだ。       僕から
 幸せを
 あの子達との、彼女との、
 未来を。




 ―― だ か ら ――



 
 僕は神を棄てた。
 神である事も辞めた。


 神々(キミタチ)がソレを望むならば望みの通りに
 この僕が、起こしてやろうではないか。
 ラグナロク―――
神々の黄昏を。
















 ザァザァザァ…
 堕ちてからどれほど時が経っただろうか。
 地上を亡霊のように彷徨いながら、何度も何度も何度も繰り返し再生する思い出。
 幸せだった日々。幸福な時間。     愚かだった自分。裏切りにより奪われた全て。
 ただ、憎悪だけに身を染めて、




「ちょっと待ちぃそこの兄ちゃん」
「…、…?」




 ふいに、クリアに聞こえてきた声に顔を上げた。
 霞む視界。少し離れた場所に立つ男が一人。
 ……否、人ではない。あれは……


「あんたなぁ」
「っ、くるな!!
「、あぁ?」 


 神だ。
 自分を絶望へと落とした存在。
 敵。


お前達の、せいで…っ


 彼女は、あの子達は、僕は…、
 ぐらり 視界が歪む。傾ぐ。


「ちょっ、」


 ”神”の慌てる気配がして、倒れながら哂った。
 今更、何を僕の心配などしているのだい。
 僕が今こうして無様にも地に伏しているのは
 君達”神”のせいじゃないか。
 貴様等の、お望みどおり、なんだろう?
 僕が不幸になれば成る程に貴様らは喜ぶのだろうが。


「あーもうっ、よりによって我が話しかけた途端倒れるとか…あ゛ーっ


 苛立ったような声も、雨の音も、
 世界が昏く沈んでゆく。


「――……眠りぃ」


 聞こえた声に抗う力も無い。
 何を考えることもできずに意識は急速に遠のいてゆく。
 
 ―――アングルボダ…
 閉じた瞼と夢と現の狭間に、愛しい人の悲しげな横顔を見た気がした。















 がしっ と頭を掻く。
 ザァザァと降る雨を傘の中から見て溜息が出た。
 5mほど先ではこの一月ほど感じ続けていた悪意の塊の源が転がっている。
 案の定ソレは堕神で。
 関わり合いになりたくは無いがこれ以上放置しているわけにもいかず”処理”しに来てみれば、話しかけた途端憎悪を増し―――勝手に倒れやがった。


「誰と間違えよったんか…まったく失礼なやっちゃで。」


 はぁ、と再び溜息を吐いて、深い眠りについたソレへ歩み寄る。
 依然濃い悪意を纏う身体は、触れればピリピリと指先が痛んだ。

 何があればこれほど深く憎しみに身を焼く事が出来るのか、彼には理解できない。
 神でありながら、こんなにも憎しみを抱くなどと。


「まぁ、どーでもええねんけどな」


 深く関わる気はない。
 ただ、死なれても目覚めが悪すぎる。
 理由はそれだけだ。


「よ…っこいせっと。」


 担ぎ上げたその身体は軽くて――軽すぎて、顔を顰める。
 本来ならば清い存在でなくてはならない神でありながら憎悪などに身を浸せば、消耗し死に掛けるのは当たり前の話しだというのに。
 既に存在は歪み、最早この身体は悪意しか受け付けないだろう。
 生き延びたとして、神であった者にとってそれはいかほどの苦痛だろう。

 けれど、まぁそんなのは自分に関係ない。
 生きたければ生きるだろうし、死にたければ勝手に死ぬだろう。
 自分はただ、助けてやるだけだ。


 …ただこの男の纏い、放つ悪意が、
 あまりにも、切なかったから。
 



 風が渦巻き、羽根の生えた靴で踏み出せばその身体が軽々と宙に浮く。
 世界を滅ぼす宿命を持つ邪神ロキとギリシヤの神ヘルメスの
 これが出会いにして、始まりだった。

 ロキに巻き込まれゆく己の未来を、
 ヘルメスはまだ、知る由もなし…。




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